Tuesday, April 17, 2012

日出山陽子著「尾崎翠への旅」を読んで

照る日曇る日第510回 尾崎翠という人についても、その作品についてもこの年になるまでまるで知らなかったことを激しく後悔している今日この頃ですが、世間では数多くの熱烈なる翠ファンが地下茎のようにうねうねと寂しく繁殖しているようです。 彼女の作品に魅せられて以来茫々35年。雑誌「エスプリ」昭和10年1月号の広告で尾崎翠の「短編作家としてのアラン・ポオ」という幻の原稿を発掘したり、作品全集の年譜作成まで手掛けておられる小生のミク友の著者などは、さしずめその代表選手なのでしょう。 この本には、激務の合間を縫って図書館で資料を渉猟したり、翠の生地鳥取をはじめ各地のゆかりの知人や縁者に直接面会して得られた貴重な情報や論考が、全部で9篇並んでいますが、いずれをとってもまるで地を這うような地道な作業と執拗な思索が生んだかけがえのない珠玉の労作ばかりで、そこには翠とその作品に対する著者の心の底からの愛情が感じられます。 特に7番目の「春の短文集」では、翠の同名の作品に出てくる「3時13分」という時刻をめぐる著者の推察と想像が生彩を放ち、さながら松本清張の推理小説のような面白さとリアリティを現出しています。同時代の作家林芙美子や大田洋子と翠の交友や「こほろぎ嬢」を巡る考察も「成程なあ」とじつに腑に落ちますが、翠の生涯の親友であった松下文子が生前著者に語った「尾崎翠という人」こそは、本書の白眉中の白眉ではないでしょうか。以下原文のまま引用させていただきます。 「色が白く肌がきれい、背は5尺あるかないか、痩せているが骨太、いかり肩で手が大きい、目は一重、少しウェーブのかかったやわらかな赤い髪、声はアルト。竹を割ったような性格で嘘が嫌い、内向的で社交性なし。宵っ張りの朝寝坊。散歩は嫌いだったという。」 尾崎翠とはこういう人だったのですね。そしてこのように個性的な作家はこれまでどこにも居なかったし、これからもけっして現れないのでしょうね。 惜しみなく花降る道を歩みけり 蝶人

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