Thursday, April 19, 2012

ある晴れた日に  第106回

帰玄 君はもう見知らぬ土地へは行かないだろう 既に幾つもの風景を見てきたのだから 君は愛犬の傍らに座して思い出すだろう あれらの土地に吹いていた風の匂いと光のいろを 君はもう本を読まないだろう いくら朱線を引いても人の世は分からないのだから 君は海に突き出した半島の先端に立って 万巻の書物を水平線に向かって投じるだろう 君はもう音楽を聴かないだろう どの和音も壊れたオルゴオルのように響くのだから むしろ君は宙天高く舞い上がって 喉涸れるまで雲雀のように歌うだろう 君はもう新たな出会いを求めないだろう 胸痛む無言の別れを伝えてきたのだから 君は埃に塗れた十年連用日記を繰りながら 在りし日のあの人の面影を偲ぶだろう 君はもう夢を見ないだろう 目覚めているときにもそれを見ているのだから 君は春風に舞うギフチョウを追って 今日こそ懐かしいあの場所へ帰るのだ 解脱せよ解脱せよと説きながら儚くなり給えり小泉画伯 蝶人

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