帰玄
君はもう見知らぬ土地へは行かないだろう
既に幾つもの風景を見てきたのだから
君は愛犬の傍らに座して思い出すだろう
あれらの土地に吹いていた風の匂いと光のいろを
君はもう本を読まないだろう
いくら朱線を引いても人の世は分からないのだから
君は海に突き出した半島の先端に立って
万巻の書物を水平線に向かって投じるだろう
君はもう音楽を聴かないだろう
どの和音も壊れたオルゴオルのように響くのだから
むしろ君は宙天高く舞い上がって
喉涸れるまで雲雀のように歌うだろう
君はもう新たな出会いを求めないだろう
胸痛む無言の別れを伝えてきたのだから
君は埃に塗れた十年連用日記を繰りながら
在りし日のあの人の面影を偲ぶだろう
君はもう夢を見ないだろう
目覚めているときにもそれを見ているのだから
君は春風に舞うギフチョウを追って
今日こそ懐かしいあの場所へ帰るのだ
解脱せよ解脱せよと説きながら儚くなり給えり小泉画伯 蝶人
No comments:
Post a Comment