Saturday, April 14, 2012

東京国立近代美術館の「ジャクソン・ボロック展」を見て

茫洋物見遊山記第84回

いわゆる「アクション・ペインティング」の元祖の作品が60点以上も見物できるというので竹橋まで出かけたら、金曜の午後だというのに人影もまばらでありました。

やはり世間の人は上野公園のパンダや桜見物には繰り出してもアメリカ人の酔っ払いの抽象表現主義の作品なんて見たくもないのでしょうね。

ハンス・ネイムスによって撮影された製作中のライヴ映像を見ると、ボロックは庭に置かれた巨大なキャンバスに向かって結構激しく塗料を垂れ流したり刷毛で殴り描きしたりしているのですが、完成された作品を見るとそういう現場の乱暴さや粗暴さはどこかに消し飛び、いくぶんかの不穏さを背後に秘めながらも、見えない神知によって整然と区画された秩序のようなものを感じるから不思議です。

アクションといわんよりは、恐るべき孤独の世界で金色の沈黙を守っているペインティングでした。
一方における人為的芸術行為と他方における非人間的偶然性とが奇跡の融合を遂げて、ここに前代未聞の複雑さと単純さ、醜さと美しさを兼ね備えた前衛美術が誕生したのです。

しかし画面全体を強烈な色彩と綾模様で制覇した時価200億円の最高傑作をしばらく眺めていると、絵の焦点がどこにもないものだからだんだん不安に駆られてくる。

私はいくら金があっても、またいくら値打ちのある傑作であっても、こういう不気味な代物を家の中に飾っておこうとは思いませぬ。それはかのメキシコの壁画が与えるめまいと吐き気に限りなく近いものを放散して已まないのです。

余りにも短すぎた生涯の最晩年に、ボロックはこの一斉風靡した一点突破全面展開画法を急転させて、黒一色の抽象画を描きはじめたようですが、どこか一休の書や白隠の禅画を思わせる東洋的な古淡の味わいこそは、私が彼にひそかに求めていた理想の画境でした。


その男尾籠なれどもぐぇいじゅつ家 蝶人

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