Wednesday, June 06, 2007

♪蟻地獄の歌

♪ある晴れた日に その9

何をする気もなくなって神社に行くと強い風が吹いていた。『風が立ち、波が騒ぎ、無限の前で腕を振る』というやつだ。

階段を上って神社の入り口の右側に直径1尺くらいの玉石がごろんと転がっていた。

こいつは文久二年に寺田屋騒動が起こったり、生麦で薩摩の武士が刀でイギリス人を切り殺したり、長州の高杉晋作が品川の英国公使館を襲撃したりしているときにも、やっぱりここでごろんと転がって青空を流れる白い雲を眺めていたのだ。無為にして化しておったのだ。

そうして年に一度の祭礼の宵には村の力持ちが。こやつを「えいやっ」と頭上高く捧げ持っては、「やんや、やんや」の喝采を浴びたりしていたのである。

私は今日は無慈悲な無神論者なので、家内安全、商売繁盛を願って神殿の前で二礼二拍一礼などする気は毛頭ない。

死んだら墓石の下にも潜らず、まして千の風にもなるつもりもない。その風に吹き飛ばされる灰塵になるつもりで神殿の縁の下をのぞいたら、あらめずらしや砂の漏斗を仕掛けた蟻地獄がひっそりとアリさんたちの到来を待ち構えていた。

私は昔幼い子供たちと一緒に、日がな一日哀れな蟻たちを凶悪無慈悲な蟻地獄の餌にくれてやったことがある。幾百のアリさんたちは、もううんともすんとも言わず、泣き声ひとつ立てずに、サソリそっくり形をした蟻地獄の餌食になって逆様の円錐の頂点めがけてズルズルと落下していくのだった。

これだから私なぞは今更どうあがいても天国には行けないだろうな。

またしてもすべてに退屈しはじめた私は、ひんやりした風が吹きぬける蟻地獄の谷に別れを告げ、神社の背後の崖にへばりつくようにしてひっそり咲きはじめた岩煙草のあえかな薄紫の花をしばらく眺めていた。

崖の上に高く聳える椎の若葉の上で、鮮やかな緋色の羽根を翻しながら2羽のゼフィルスが戯れていた。


蟻さんは左2番目の足から地獄落ち 芒洋

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