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Saturday, November 17, 2012

ジョエル・オリアンスキー監督の「コンペティション」を見て




闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.347

プロのピアニストを目指す年長で貧乏なリチャード・ドレイファスと若くて美人で大金持ちの娘なんとかちゃんが、サンフランシスコのなんとかコンクールで宿命の対決をするといういかにもなお話。

この二人、国際コンペの常連で抜きつ抜かれつ争ってきた顔見知り。ドレファスは彼女と違って年齢制限でコンペは今回限りであり、これを逃すともうワールドレビューのチャンスはない。しかも自分の大成を支えてくれた父親が余命いくばくもないので必死なのだがお互い相思相愛の仲となってしまう。さあ大変。

恋も大事だが、でもグランプリはもっと大事。男は決勝でベートーヴェンの「皇帝」を、女はモーツアルトを止めて急遽(私の大嫌いな無内容でこけおどしだけの駄曲)プロコフィエフの3番に変更する。さて最後に勝利を収めたのはどっちだったでしょう。 

オケはサンフランシスコが会場なのに、なぜかロスフィルが登場。演奏はピアノもオケもあんまり良くないが、ドレファスがリハーサルの時にちょっとジュリーニに似た指揮者の解釈をやりこめる所が面白い。


にしても轢き殺されて地べたに横たわっている蟷螂はわたくしのようだ 蝶人

Tuesday, November 13, 2012

橋本治著「浄瑠璃を読もう」を読んで




照る日曇る日第547回&♪音楽千夜一夜 286

「あまでうす」などと名乗っているくらいだから私は西洋の音楽が大好きで、とりわけモザールのオペラなどを見聞きしていれば上々の気分なのですが、それよりも好きなのがなにを隠そう浄瑠璃なのでありまする。

浄瑠璃、すなわち三味線の調べに乗って太夫が「語る」江戸時代の音曲、あるいは歌舞伎の下座音楽に耳を傾けることが出来れば極楽極楽で、あとは何も要らないと断言する著者には我が意を得た思いでした。

著者によれば、そもそも日本の音楽はメロディラインではなく「拍子」を軸にしているので、例えば人形浄瑠璃の三味線と太夫の語りも(小澤征爾の死んだ音楽のように縦と横の線を顕微鏡的に合致させることなく)それぞれが勝手に演奏しているのに、結果としてなぜだか1つになっている。そして「この本来バラバラであるはずのものが、1つになっているというスリリングなところが、日本の伝統芸能の妙味なのだ」とあざやかに喝破しています。 

もちろんこの本は「浄瑠璃を聴こう」ではなく「浄瑠璃を読もう」なので、「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」「菅原伝授手習鑑」「本朝廿四孝」「ひらかな盛衰記」「国性爺合戦」「冥途の飛脚」「妹背山女庭訓」という本邦の代表的な人形浄瑠璃(及び歌舞伎)作品を文学テキストとして深く読み込み、その解釈と鑑賞について私たち読者の蒙を徹底的に啓いてくれるのですが、それはそれ、本書をつらつら読んでのお楽しみということで。


新しきアクアのブルーを買わんとしたがシルバーを経てホワイトとなりぬ 蝶人

Thursday, June 07, 2012

フィリップ・ジョルダン指揮パリオペラ座バスチーユの「ペリアスとメリザンド」を視聴して




♪音楽千夜一夜 261

何の期待もせずに見物しはじめたビデオだったが、ロバート・ウイルソンの美術と演出が素晴らしい。04年10月15日の大野和士指揮のモネ劇場の「アイーダ」でも、さながらルネ・マグリットの演出でイプセンの演劇を見せられているような不思議な気分になったのだが、ここでは効果的で簡素で抽象的な舞台に登場人物を影人形のように取り扱ったり、能のような所作をさせたり、手首に手話のような振りつけを施したり、創意工夫の限りを尽くして巴里の観衆を楽しませている。

当節の新進気鋭の演出家、例えば昨日紹介したアホ馬鹿クリストフ・ロイのような手合いは、歌劇の本質とは無縁な仕掛けを強引に外部から持ち込んで音楽と歌唱の有機的な流れをずたずたに断ち切って恬として恥じることがない最低野郎だが、この英国紳士はフランス風トリスタンとイゾルデとでも評すべき神秘的な純愛物語に終始優しく寄り添いながらかつてのブーレーズ&ウエールズ国立歌劇場に比肩するような名舞台を鮮やかに立ち上げている。

指揮者のフィリップ・ジョルダンはかつてスイス・ロマンド管のシェフであったアルミン・ジョルダンの息子だが、父親の凡庸さをそっくりそのまま引き継いだような交通整理的凡演を繰り広げており、その演奏はブーレーズはもちろん大野和士の音楽性には到底及ばないが、世界のオペラハウスはこういう痛くも痒くもない衛生無害の連中によって占拠されてゆくのだろう。

バスチーユの劇伴はなんせ本場物ということでまずは無難にこなしているが、第4幕の幕切れなどは指揮者ともどももっと死ぬ気で感情を込めて演奏してほしいものだ。これならわが東フィルのほうがもっとちゃんと仕事をするに違いない。

 ところでこのオペラのキモは国王アルケルの配役だが、フランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒはまずまずの出来栄え。ジュヌヴィエーヴ役のアンネ・ソフィー・フォン・オッターが衰えたのは悲しい。
ペレアス:ステファーヌ・デグーゴロー:ヴァンサン・ル・テクシエアルモンドの国王 アルケル:フランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒイニョルド:ジュリー・マトヴェ医師:ジェローム・ヴァルニエ
ゴローの妻 メリザンド:エレナ・ツァラゴワジュヌヴィエーヴ:アンネ・ソフィー・フォン・オッター 
なおこの日のNHKBS3には、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルによるベートーヴェンの6番と7番の交響曲ライヴがグリコのおまけのようについていたが、こーゆー過去の凡演に屋上屋を積み重ねるような演奏はもうたくさんだ。重箱の隅をつつくようなちまちました新解釈を喜んでいるのは演奏しているあんたたち当事者と一部の変態的な暮し苦音楽関係者だけで、一般の普通の聴衆はもううんざりなんだよ。

皇室を飛び出し障碍者のために働きたかったんだってね髭の殿下逝く六十六歳 蝶人

テングチョウとルリシジミ数多生まれた日髭の寛仁殿下蒙じたり 蝶人

Wednesday, June 06, 2012

ティーレマン指揮・ウイーンの「影のない女」を視聴して




♪音楽千夜一夜 260

2011年のザルツブルク音楽祭における公演をライヴ収録した映像です。

演出のクリストフ・ロイという奴が天下一品の大馬鹿者で、ホフマンスタールの原作を現代にもってくるのはまあ仕方がない、(けっして良いとは言わない)が、その舞台をこの公演のライヴ録音スタジオに設定するという(演出家本人だけが得意になって大喜びしている)糞アイデアのお陰で、聴衆はもちろんオケも指揮者も手ひどいダメージを喰らっています。

ここで出演者を除外したのは、可もなく不可もない彼らの全員がつねにこの作品のオリジナルスコアを携行していて事あるごとにアンチョコを覗き見できるという利点!?があったからで、本来丸暗記すべきあの長いオペラのセリフや♪をずいぶん省エネできたのではないかと愚考するからです。

リヒアルト・シュトラウスを得意とするドイツ期待の俊英クリスチアン・ティーレマンの指揮はこの音楽の本質を精妙にとらえ、名門オケを完璧にドライヴしながら緩急自在な歌の調べを繰りだしますが、ともかくこのちょいと出ました演出野郎に完全に足を引っ張られ、画面は見ないで音楽だけ聴いていたほうがよっぽどマシというザルツブルク音楽祭史上最悪の公演でした。

その日金星は一匹の黒い天道虫になって向日葵の花の周りをゆっくり歩いていきました 蝶人


Saturday, July 23, 2011

続々 狂言綺語


バガテルop139

世界の「水泳飛び込み競技」においてスプラッシュ(水しぶき)を消すことが最大の努力目標になっているようだが、そのどこが素晴らしいのか。じゃんじゃん飛込み、バンバン水しぶきを上げるのがこの競技の最大の見どころではないか? こんな阿呆な技術を発明し、飛んだ痕跡を消すことに憂き身を窶す変態競技に血道を上げている奴らはくたばっちまえ!

クラシックが大好きな保守派の私はどうもジャズが苦手で、大家の最初のイントロを耳にしただけでもうすべての展開と終結が分かったような気がして毎度おなじみの友川かずきで口直しすることになるのだが、セロニアス・モンク選手だけは別だ。

この人のはやはりフリージャズの仲間に入れられているのだろうが、そういうフリーを呼号する連中とは違って、ほんとうに純粋無垢の自由な音楽をやる人なのだ。その演奏はいくぶんグレン・グールドの自由さに似ているところもあるやうだ。

私がどうしても耐えられないアナヌンサーの声、それはフジテレビの「ウチくる!?」という番組の局女子アナの脳天に突き抜ける黄色い絶叫、そして官許NHK放送のクラッシック担当の山田なんとか女史の男に媚びるような厭らしい物言い。菅よりも君たちが先に退場しなさい。 

台風一過の朝比奈峠でヒメジオンの花の上で交尾する雌雄のモンシロチョウを見た。その行為の純一無雑さに感嘆す。人の一生もかくありたし。

マリナーズ14連敗。もうイチローもただの人。連続200本安打も絶望的になった。

秋風やパソコン嫌いの女がひとり 蝶人

Wednesday, December 15, 2010

ヒッチコック監督の「知りすぎていた男」を見ながら

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.67

1956年公開のスリラー映画の傑作。ヒッチは何気なく昼下がりの無人の街路を撮って見せても、それだけで観客を怖いと思わせることができた人。何回見てもいくつもの見落としと新たな発見がある映画です。

今回の発見は、ドリス・デイが熱唱する有名な「ケ・セラ・セラ」のこと。サビのケ・セラ・セラの箇所で、私は後半のセラのセが半音上がっているのに初めて気づきました。ここで上げられると虫歯のホウロウ質が痛くなるような気色悪さがある。どうしてこういう音符を書くのだろうか。

でもきっとあえてそういう風にしたんだろうな。滝廉太郎が「春高楼の花の宴」の最後のエを半音下げたように。しかしレコードを聴くとみんな半音上げて歌っている。これでは作曲家に失礼ではないだろうか。

もひとつこの映画ではバーナード・ハーマンが作曲指揮して広大なロイヤル・アルバート・ホールで演奏される、ああいかにも英国音楽だなあという声楽入りの大曲が鍵を握っています。

恐怖のシンバルが打ち鳴らされるその瞬間を、ドリス・デイも我々も今か今かとはらはらどきどき待っているわけですが、しかし銃弾の引き金を引くその瞬間を、あの暗殺者はどうやって察知できたのかよく分からない。
あの時点ではもうスコアを持ってカウントしていた女性は姿を消していましたからね。よほど音楽的センスのあるアサシネーターだったと思われます。

最後に何回見ても面白いのが、ジェームス・スチュワートに乱入された剥製製造所の面々。カジキマグロやライオンもびっくりでした。


夥しき死人出せる家並び鳶舞う鄙を鎌倉と呼ぶ 茫洋

Sunday, July 25, 2010

文化学園服飾博物館で「世界の更紗」展を見る

茫洋物見遊山記第35回&ふぁっちょん幻論第60回

更紗と聞けば、♪スカンポ、スカンポ、ジャワ更紗という歌を遠い日にどこかで聞いたことを反射的に思い出します。

調べてみると北原白秋作詞、山田耕作作曲の「酸模の咲く頃」という小学唱歌でした。正式には、次のような素敵な歌だったのでここで全国のよい子の皆さんとご一緒にのどちんこを全開しながら大きな声で合唱してみたいと存じます。

♪土手のスカンポ ジャワ更紗 昼は蛍がねんねする 
僕ら小学1年生 今朝も通って また戻る 
スカンポスカンポ川のふち 
夏が来た来た ドレミファソ

みなさん、いかがでしたか。ちゃんと歌えましたか。とってもいい歌ですね。
特に「昼は蛍がねんねする」というところと、最後の「夏が来た来たドレミファソ」というコーダはあーだこーだを許さないとてもチャーミングなもの。昨今の、歌詞が聞こえない、出鱈目英語入りのあほばかポップスなど足元にも及ばぬ白秋&耕作ゴールデンコンビの至高の境地でしたね。

私はこのスカンポソングをハミングしながら楽しく「世界の更紗」展を見物しました。展覧会のチラシによれば、更紗とは「主に木綿の布に手描きや型を使って文様をあらわしたもの」を指すそうですが、織りでなくなく染めで文様を作るところがポイントです。

原産国はインドですが、たちまちジャワ(インドネシア)近辺に飛び火し、ここから17世紀の大航海時代の東インド会社の貿易ルートを経由して、東は中国、日本、西はヨーロッパ、ロシア、中東、アフリカまでほぼ全世界に伝播していったようです。

それにしても同じ文様をアレンジしながらジャワ更紗、ペルシア更紗、アフリカ更紗、フランス更紗、日本更紗のおそろしく微妙で多彩な差異よ! ここに統合を夢見つつもけっして単一化されざる世界文化の一典型があるようにも思われます。

なおこの興味深い展覧会は新宿の文化学園服飾博物館にて9月25日まで開催されています。


♪ジャワ更紗サラサはスカンポの柄に似て 茫洋

Monday, November 02, 2009

第106回横須賀交響楽団定期演奏会を聴いて


♪音楽千夜一夜第89回

まずはシューベルトの「未完成」、次にワーグナーのタンホイザー序曲、最後にブラームスの第3番へ長調の交響曲というラインアップに惹かれて宵闇迫る横須賀までやってきました。

 相変わらずオーケストラは好調を維持し、へぼでダルなN響よりも生気あふれるアンサンブルを奏でていました。が、問題なのはこのオケの常任指揮者(特に名を秘す)の指揮そのものです。古来指揮者の役割は、音楽を開始すること、終えること、その中間部をうまく演奏すること、の3点だとされてきたわけですが、この夜は3つのうちの2つまでが十全に機能していなかったといわざるを得ません。

 この指揮者は、ブラームスの終楽章において、あの見事に書かれた終結部の音楽を音楽の内部において充実し切って終わらせることに失敗し、あろうことかアンコールのハンガリー舞曲第1番の咆哮を代置してなんとか「終わった」ことにするという体たらくでした。これではとてもプロの仕儀とは申せません。(もしかするとアマチュアかも)

ここで唐突ですが、指揮者をピッチャーにたとえてみましょう。普通の指揮者ならストレートをベースにスライダーやフォークやカーブなどを少なくとも2割か3割くらい交え、球種に加えてコースと緩急の変化をつけて打者(曲)と対決するのですが、あいにくこの投手の持ち球は平均135キロ程度の直球しかなく、時折恣意的かつ痙攣的にオケをかわいそうなくらいに恫喝して140キロ台後半の剛速球を投げ込むのです。

ただしコントロールは抜群でつねにど真ん中。「さあ、打ってくれ」とばかり腕も折れよと投げ込むのですが、野球(音楽)の醍醐味ってそんな単純なものでしょうか。

おそらくこの指揮者のカラーパレットには、元気や歓喜や軍隊ラッパやジンタの狂騒、元気はつらつオロナミンはあっても、優雅や抒情や哀愁や孤独や悲傷のひと刷毛もないのでしょう。もっと言い募れば、彼がこれまで生きてきた人生において、脳天に響くフォルテッシモにはなじんでいても、平々凡々たる人生の基底を流れる切実な喜怒哀楽、とりわけ都会の孤独な魂にひそりと語りかけるピアニッシモのはかない美しさなど歯牙にもかけてこなかったのでしょう。こんな単細胞な指導者に率いられた楽員こそいい迷惑です。

事実当夜シューベルトの2つの楽章、ブラームスの4つの楽章のテンポと音の強弱について格別の思い入れがあったとは思えず、あの有名なブラームスのポコ・アレグレットをあれくらい無味乾燥かつ無慈悲に演奏できることにわたしは恐怖と驚異すら覚えたほどでした。

再現芸術の演奏において、私たちは作曲者の生の実質と同時に、演奏者とりわけ指揮者のそれをも耳にしています。だからカザルスの「鳥の歌」に落涙するのです。うろんな生きざまが演奏のひとふしに出るから音楽は怖いのです。

スコアの音符を物理的な音響に変換しようとだけ考えるのではなくて、1828年のシューベルトがどのような絶望とはかない希望のなかでこのロ短調を書いたのか、そして1883年のブラームスがどのような恋に苦しんでいたのか、等々も考えてそれを演奏の解釈に反映し、その曲の背後に潜む作曲家の活きた心模様を聴衆に伝えることが指揮者に課せられた重要な使命ではないだろうか、と思わされた横須賀の貴重な一夜でした。

 ♪いまいちどカザルスの「鳥の歌」聴きたしと横須賀の海岸をさまよう夜 茫洋

Monday, October 26, 2009

バレエ「ザ・グレート・ミサ」を視聴する

♪音楽千夜一夜第87回

 グレゴリオ聖歌やクルタークやペルト、それに詩の朗読などをサンドウイッチにしながら、ゲバントハウスのバレエ団が同じゲバントハウスのオケをバックにモーツアルトのミサ曲ハ短調K427という希代の名曲を踊ります。

これは05年6月の公演ですが、そのおよそ1年前に演出・振り付け・美術を担当したクーヴ・ショルツという人が急死したので、その追悼のライヴではないかと思われます。
私は不勉強でこの人の名前も仕事もまったく知らなかったのですが、じつに才気煥発の持ち主です。

彼はたとえばミサ曲のすべての音符をダンスの一挙手1投足に完璧に置き換え、ソプラノとメゾソプラノが旋律を歌うところでは、2人の踊り手がそのボーカルを正確に運動化するのです。フーガに入るとその運動は激烈なものになりますが、音型が再起動されるたびに4組のカップルが代わる代わる同じポーズで運動を開始しては舞台の左右に遁走していく振り付けは見事というも愚かなほどでした。

メンデルスゾーンゆかりのライプッチヒにあるこの管弦楽団と合唱団、バレエ団にはかなり大勢の日本人が在籍しているようです。ダンスのソロを踊った木村規予加と大石麻衣子の美しい姿態ときびきびした演技に魅せられながら、私はこういう若くて美しい人たちは、かの地でどんな生活をしているのだろうとぼんやり考えていました。これでかれこれ1ヶ月間歯が痛むのとドジャース、楽天、中日が負けてしまったので、あまり前向きな発想になれずにいるのです。


♪古巣ヤンキースを叩きトーリ監督に仇討させようと思ったのに黒田のばかたり 茫洋

Wednesday, September 30, 2009

ルドルフ・ビーブル指揮喜歌劇「メリー・ウイドウ」を鑑賞する

♪音楽千夜一夜第83回

05年8月11日から13日までオーストリアのノイジードラー湖で開催されたメルビッシュ音楽祭のライブ映像です。

曲はレハールの「メリー・ウイドウ」。森の妖精ヴィリアの歌とおなじみの哀愁漂う主題歌「閉ざした唇に」はこのオペレッタの聴きどころです。見どこころは第3幕のパリのマキシムのカンカン踊りでしょうか。

この会場は湖に面した広大な空間なので、大勢のダンサーがスカートを捲りあげながら入れ替わり立ち替わりにお色気たっぷりの例のダンスを繰り広げるシーンはなかなか楽しいものです。

演出はヘルムート・ローナー、指揮はたびたびの来日で我が国でもおなじみのルドルフ・ビーブルですが、別にこの人がいなくても素人の私が振ってもダンスの伴奏くらいはできそうです。

オケはメルビッシュ音楽祭管弦楽団なる寄せ集めアルバイト集団(だと思う)。文字通りステレオタイプの演奏がぐだぐだれれてれと続き、湖に音が散乱するあまり広大な空間であるために、歌手たちは全員口元にマイクをつけて歌っていましたが、もしかすると全部口パクかもしれません。

ヒロインのグラバリ夫人はマルガリータ・デ・アレノーラという妖艶な年増、が古臭ければアバウトアラフォー。いかにも蓮っ葉で男好きのする豊乳の持ち主ですが、こういう下品なヒロインと比べてなんとメラニー・ホリディの可憐で清潔でかわいらしかったことよ。(彼女はグラバリ夫人ではなくバランシエンヌが持ち役でしたが。)

若かりし頃の私は、レハールのこの「閉ざした唇に」を見ると思わず涙腺が緩んだものですが、こんな無残な演奏なんて一滴の涙も出ないや。


♪蝉どもが神隠れする十月朔日 茫洋

Monday, April 20, 2009

ムーティ指揮スカラ座でヴェルディの「ファルスタッフ」を視聴する

♪音楽千夜一夜第63回

ジュゼッペ・ヴェルディの歌劇「ファルスタッフ」はシェークスピアの「ウゥンザーの陽気な女房たち」を原作にしたオペラです。

シェークスピア原作による彼のオペラはほかに「マクベス」と「オテロ」があってどれも傑作ですが、ヴェルディ最後の作品となったこの「ファルスタッフ」はそれらを凌駕するのみならず、私見では彼の最大の傑作だと思います。

そのことは処女作の1839年の「オベルト」から42年ノ「ナブッコ」、47年の「マクベス」、53年の「椿姫」、57年の「シモンボッカネグラ」、59年の「仮面舞踏会」、67年の「ドンカルロ」、71年の「アイーダ」、87年の「オテロ」、そして93年遺作となったこの「ファルスタッフ」と順番に聴き進めていくと誰の耳にも明らかになるのではないでしょうか。ヴェルディは88歳の生涯の80歳の年の最後の作品で彼の最高の作品を書いたのです。

「ファルスタッフ」は陽気で悪知恵が働き好色で酒と料理と金儲けには目がない太鼓腹のおいぼれ騎士です。なんでもこの騎士サー・ジョン・フォルスタッフの恋物語をシェークスピアはエリザベス1世のリクエストによって創作したともいわれているようですが、まことに愛すべきキャラクターではあります。

私が今回鑑賞したのは2001年4月にヴェルディの生誕地であるイタリア・ブセートのジュゼッペ・ヴェルディ劇場で行われたリッカルド・ムーティ指揮、スカラ座の公演のライヴビデオでしたが、題名役を演じるアンブロージョ・マエストリとマドンナ役であるフォード夫人アリーチェを歌うバルバラ・フリットリが好演。ムーティとスカラ座のオーケストラなら第三幕の大詰めなどもっと盛り上がるはずですが、まずまずのバックアップといえるでしょう。

かねてから世間の鼻つまみ者であるファルスタッフは、地元ウィンザーの奥方に勝手に横恋慕したところを、住民たちやかつての従者たちの陰謀にたわいなくひっかかって、よってたかって川に投げ込まれたり、真夜中の森で袋叩きにされるなど、じつに気の毒な目に遭ってしまうのですが、その途中の展開部ではシェークスピアの「真夏の夜の夢」やモーツアルトの「フィガロの結婚」を思わせる情景が繰り広げられ、喜劇的なセリフの周囲を草の蔓のようにぐるぐる巻きにすると音楽が完全に一体化して時折は無調に突入する瞬間すらあるのです。あくまでも真実を求める言葉と音楽が、そのもっともふさわしい関係に立とうとすれば、古典的な調性は破綻せざるをえない好個の例かと思われます。

オペラでは最後に「人間はみな愚か者」という陳腐なアリアを大合唱して幕が下りるのですが、シェークスピアの原作にはそんな道徳訓はこれっぽっちもありません。私が偏愛する坪内逍遙の訳では、フォード氏の次のようなセリフで非劇的な結末を迎えるのですが、これこそが本来の終わり方であったと思うのは私だけでしょうか。
「さうしませう。ジョンさん、でも、あなたは、ブルックへの約束だけはやッぱりお守りなすたんですよ。なぜなら、あの男は今夜フォードのおかみさんと寝ますよ」


♪自閉症のわが子に優しき二人の女性いずれも拒食症を病みてけるかな 茫洋

Saturday, February 21, 2009

永井荷風いわく、「画工・詩人・音楽家・俳優などは方外の者なり。」

ふあっちょん幻論第39回 メンズ漫録その17 断腸亭主人紳士洋装論その8


仏蘭西では、画工・詩人・音楽家・俳優などは「方外の者」とみなされ、礼儀に拘捉せざるも之を咎むる者なし。

されば、この仲間の弟子には自ら特別の風俗あり。頭髪を長く伸ばし、衣服はビロードの仕事服にて襟飾りの長きを風になびかし、帽子は大黒頭巾のごときを冠る。

冬も外套を着ず、マントーを身にまとう。眉目清秀なる青年にてその姿ややみすぼらしきが雪の降る夜なぞ胡弓入れたる革靴を携え、公園の樹陰を急ぎ行く姿なぞ見れば、何となく哀れに、また末頼もしき心地せらるるなり。かかる風俗巴里ならでは見られぬなり。


あまでうす曰く、これさながら「ラ・ボエーム」の一場面のごとし。

♪悴む手われもまたミミのマフにて温まりたし 茫洋

Monday, December 08, 2008

横須賀交響楽団の「第9」を聴く

♪音楽千夜一夜第52回

この素晴らしいオケのコントラバス奏者であり、私のマイミクさんでもある笑み里さんのご招待で、年末恒例のヴェートーフェンの「合唱付き」を楽しませていただきました。

日曜午後のマチネーです。須賀線の横須賀駅を降りて寒風吹きすさぶ港を見ると大きな潜水艦がちょうど岸壁に接岸されるところでした。嬌声を挙げてデジカメで撮ろうとする見物客を制するがごとく、反戦平和を唱える小柄な尼僧が「南無妙法蓮華経!南無妙法蓮華経!!」と手に持った小太鼓を連打しながら通り過ぎる。いつもながらのヨコスカ・ハーバーです。

演奏は同じヴェトちゃんの「合唱幻想曲」から始まりました。構成に大きな破綻があるものの、いかにもヴェトちゃんらしい荒削りな作品を、象のように巨大な体躯を揺さぶりながらピアノの久保千尋が力奏しました。

休憩のあとはお待ちかねの「第9」です。はじめの3つの楽章が破綻こそないものの、あまりにも優等生的な安全運転で、今日はどうなることかと案じましたが心配無用。最後の楽章でオケも指揮者も合唱も大爆発。世界の恒久平和を祈念する歌と旋律を、腕も折れよ、喉も裂けよ、バチも折れよ、とばかりに超満員で立ち見まで出ている巨大なホールにぶちかまし、折からの寒波で心まで冷え切っていた聴衆の胸のなかを灼熱の嵐に巻き込みました。

指揮者は最近絶好調の神奈川フィルを牽引する若き棒振り現田茂夫。おそらくは徹底的なリハーサルでオケをしごいたのでしょう。アマチュアオケ屈指の実力を誇る横須賀交響楽団から思い通りの音色とバランスと色彩と力感を生み出し、この至高の難曲を見事にドライブしました。私はこれほど最終楽章にピークを設定した演奏を聴いたのははじめてで、オケもさることながらコーラスのすさまじい威力に圧倒されました。今日の主役はまぎれもなく横須賀芸術劇場合唱団でしょう。

安定した弦、とりわけヴェトちゃんには必須の低音部をゴンゴン築くコントラバス軍、活気ある打と管、とりわけリズム感抜群のパカッションが素晴らしく、管弦楽と管楽器の美しいハーモニーは聴きごたえがありましたが、ピッコロの音程と強度、トライアングルの鳴らし方、それから前にも触れたようにこの指揮者の曲の解釈については私には強い異論があり、正直に告白すれば3つの楽章の演奏には失望を禁じえませんでした。若きマエストロの今後の自覚と精進に期待したいと思います。

「第9」を打ち上げたあと、驚いたことには「蛍の光」のアンコールがあり、それにしてもヴェトちゃんを上回る?なんという天下の名曲かなと一掬の涙がきらりと漏れたことでした。ロンドンの「プロムス」のように場内大合唱になるともっと盛り上がるのですがね。

♪オオフロイデ、蛍の光で年は暮れ 茫洋

Tuesday, December 02, 2008

ビルギット・ニルソン著「ビルギット・ニルソン オペラに捧げた生涯」を読む

♪音楽千夜一夜第50回&照る日曇る日第194回


ビルギット・ニルソンといえば、なんといっても20世紀を代表するワーグナー歌手ということになるであろう。

ただちに思い浮かぶのは、名物プロデューサー、カールショー、ゲオルグ・ショルティ、ウィーンフィルと組んだデッカの「指輪」全曲録音、1966年7~8月のカール・ベーム指揮バイロイト祝祭soによる素晴らしい「指輪」の全曲ライブ演奏、同じメンバー+相棒ヴィントガッセンとがっぷり4つに組んだ「トリスタンとイゾルデ」の空前絶後の名唱、翌年の春、死ぬ直前のヴィーランド・ワグナーの厳命でピエール・ブーレーズと大阪にやってきてアホ馬鹿N響相手にぶっつけ本番で歌ったトリイゾなどであるが、とりわけ私の心に突き刺さったのは1983年1月ニューヨークのメトロポリタン歌劇場創立100周年記念ガラコンサートに登場した彼女が、いきなり「ワルキューレ」第2幕の有名な「ホヨトホ!」の叫び声を上げた瞬間、超満員の聴衆が満腔の歓呼の声を挙げた光景だった。

ただひと声で満場を歓喜の坩堝と化すことができるのは、世界に名歌手多しといえども「オテロ」のデル・モナコとビルギット・ニルソンだけであろう。

この本はそのスウェーデン生まれのソプラノ歌手ビルギット・ニルソン(1918-2005)の自伝である。

田舎の牧場の娘がふとしたことから音楽の道に入り、ストックホルムのオペラハウスを振り出しにウイーン、スカラ座、メット、バイロイト、テアトル・コロンなど世界の有名オペラハウスや音楽祭に出演するようになり、ワーグナー作品をはじめ、トスカ、トゥーランドット、アイーダ、仮面舞踏会、マクベス、サロメ、エレクトラなど大作の主役を演じるようになり、エリッヒ・クライバー、フリッツ・ブッシュ、クナパーツブッシュ、カイルベルト、ベーム、カラヤン、ショルティ、クレンペラー、ラインスドルフ、クロブチャールなどの棒で歌うようになる。(余談ながらカイルベルトとクロブチャールの指揮に対する彼女の高い評価にいたく共感)

彼女の徹底したカラヤン嫌いの理由、クレンペラーからいきなり「独身?」と口説かれる話など、世界の一流指揮者の実力と人柄に生身で接したリアルな月旦評も抜群の面白さだ。

その間彼女が共演したビョルディング、フランコ・コレッリ、ホッター、カラス、テバルディ、レオンタイン・プライス、シオミナート、ディ・ステファノなどの名歌手たちの逸話、彼女を生涯にわたって追いかけたマリリンモンロー似のストーカー悲話も興味深いものがある。

例えば、彼女とフランコ・コレッリがメットの「トゥーランドット」で繰り広げたハイC競争は壮絶なものであったらしい。
そのほとんどはコレッリが勝ったらしいが、たった一度だけニルソンが勝利した時のこと、コレッリが姿を消したので支配人のルドルフ・ビングが捜したところ、コレッリは怒り狂って拳骨でテーブルを力任せに叩いて血だらけになり、コレッリ夫人が救急車を呼ぼうとしていた。しかしまだもう1幕残っていたので、ビングが「次の幕でトゥーランドットに口づけするときに噛みついて復讐しろ」とささやいて彼を舞台に立たせ、自分は逃げ出したという。
指揮者のレオポルド・ストコフスキーはそんなことがあったとはなにも知らなかったそうだが、あとで演出家からピングの悪知恵を聞いた彼女は、支配人に宛てて次のような電報を打ったそうだ。
「噛まれて負傷したために、次回公演はキャンセルします―ビルギット」


クラシックのアーチストの評伝はどれも当たり外れがないが、この本は著者の誠実さ、温かな人間性と巧まざるユーモア、そしてなによりも音楽への愛と献身が際だっていて、読む者がたとえ耳に一丁♪なき音痴であったとしても、そのささくれだった心の裡をほのぼのとした気持ちに変えてくれるに違いない。

♪時代も世紀も煎じ詰めればこの一瞬のわれらの行状に尽きる 茫洋

Wednesday, September 24, 2008

さらばプロムス2008




♪音楽千夜一夜第41回 

この夏8週間にわたって英国各地で繰り広げられたプロムス2008が9月13日のラストプロムスをもって終了した。

私のパソコントラブルのために多くのプログラムが聞けなかったのは残念だ。諏訪内選手の鋭いヴァイオリンは聞けたが、ポリーニやブレンデルやウチダミツコを耳にすることができなかったのも残念無念。毒にも薬にもならないサイモン・ラトルとベルリン・フィルのただうるさいだけの演奏にはほとほとうんざりしたが、晩年の輝きに静かに燃えるベルナルド・ハイティンク指揮のシカゴ響が素晴らしいマーラーを聴かせてくれた。

若くしてロイヤルコンセルトヘボーのシェフとなってフィリップスに数多の凡庸な録音を残したこの大根指揮者が、よくぞここまで円熟の境地に達したものである。どうかベルリン・フィルと果たせなかったマーラーの交響曲の全曲録音をシカゴと入れてほしいものだ。

ここ数年は私も疲れ、英国も、世界も、さだめしあなたも疲れ、古典音楽じたいぐったりと疲れているせいだかなんだかよくわからんが、ともかく最終日のあの熱と感動が失せていくのはいかんともしがたいところである。往年のマルコム・サージェント、コリン・デービス、アンドルー・デイビスの熱っぽい演奏といかにも英国人らしいスピーチが懐かしい限りだ。あの英国ナショナリズムはちょっとグローバル・ナショナリズム的なところがあり、「なるほどこれがかつて7つの海を制覇した大英帝国の歌の根っこなのか」と判然とするところが、すこしくありますね。

去年はチエコの凡才ビエロ・フラーベックだったが今年のトリはロジャー・ノリントン爺。例のノン・ビブラート奏法でワグナーやらベートーヴェンのなんと合唱幻想曲を狼少女エルモーのピアノで格調高く演奏したが、エルガーの「希望と栄光の国」をノンビブラートで演奏する暴挙に出たニリントンはただの馬鹿野郎か。テンポもリズムもめちゃめちゃで英国国歌につづく恒例の「蛍の光」のア・カペラの大合唱も聴衆のノリはいまいちだった。結局ターフェルの巨大な一吠えにシカない小手先だけの演奏だ。

来年はどうあってもアンドルー・デイビスをアメリカのピッツバークから呼び戻してBBC響を♪ヒップ、♪ヒップ、♪ヒップさせてほしい。


♪ドミンゴもフレーにもゼフィレッリもみな若かったクラーバーがオテロ振りし
76年12月7日ミラノの夜 

♪スカラ座の罵倒にめげずオテロ振るカルロス・クライバーの雄々しき姿 

Tuesday, July 22, 2008

プロムス2008はじまる

♪音楽千夜一夜第40回 

この夏もロンドン恒例の音楽祭プロムス2008が始まった。第114回目のヘンリーウッド・プロムナードコンサートの開幕である。

これからおよそ2ヶ月間毎日毎晩何千何百というコンサートをライブ中継で聞くことができると思うと、なにがなしにうれしくなる。

初日はおなじみロイヤルアルバートホールからの中継で、ルイジ・ビエロフラーベック指揮BBC響によるリヒアルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」(クリスチン・ブリュアー独唱)、モーツアルトの「オーボエ協奏曲」(ニコラス・ダニエル独奏)などを聴いたが、オーボエがよい音を出していた。指揮者は昔から三流の人だが、三流だってべつに悪くはない。私もようやくそういう悟りの境地に達しました。

しかし何千マイルを隔てて聴くこの巨大ホールの音の素晴らしさは、有楽町駅前や渋谷区神南の最悪音響犬小屋空間の比ではない。なによりも音楽を愛するロンドン市民の心の鼓動に触れるよろこびがある。
そのほかのプログラムは、これまでにピエール・ローラン・エマールの素敵なシューマンのピアノ曲やチョンミュンフン指揮ラジオフランス響によるサンサンスの交響曲オルガン付きなどを聴いたが今年もなかなか楽しめそうだ。

ともかくソロもオケも世界各国から古参、新進気鋭のめぼしいものがどんどんやってくるので連日のプログラムから眼を離せない。内田光子とアルゲリッチのピアノはいつも素晴らしいが、去年は長年にわたって低迷を続けていたポリーニが久しぶりに光彩陸離たる演奏をやってのけたのでちと驚いた。どっこいミラノの孤高の天才はしぶとく生き延びていた。どうか今年も世界一うるさいロンドンの聴衆と惰眠をむさぼる小生のロバの耳を驚かせてほしいものだ。
なおプロムスにはクラシックだけでなく詩の朗読プログラムもたくさんある。


♪翡翠飛びニイニイ鳴き今日からは私の夏だ 茫洋

Monday, July 14, 2008

真夏のマーラーこの身に浴びて

♪音楽千夜一夜第39回

まだ梅雨だというのにどんどん気温が上がって30度を超えた。まるで真夏のようである。

夏にはマーラーの音楽がよく似合う。ニイニイやウグイスが鳴き、カワセミが笑い、赤いカンナが微風に揺れる風景の中で第10番のアダージヨを聞いているところだ。
ロンドンのBBCのネットラジオはクラシック音楽を伝統的に大切にしているのでじつにうれしい。クラシックだけでも数多くのチャンネルがあり、ポッドキャスティングで24時間オンエアしているが、ここ1週間は6月にロンドンのセントパウロ教会などで開催されたゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団の演奏によるマーラーの交響曲の全曲演奏を楽しんだ。
一昨日は7番、昨日は8番、そして今晩はこれから9番の放送があってチクルスの輪を閉じるのである。

ゲルギエフの演奏は全盛時代の若き小澤を遥かに凌ぐ精力的なものであり、フォルテッシモでは音響最悪のバービカンセンターを揺るがすような轟音を響かせるが、アダージオになれば一転して精妙で優雅な演奏を聴かせる。ヤンソンス、ラトルと並んでいまもっとも旬の指揮者であろう。(ただし残念ながらこの3人ともいずれも私の好みではないが)

ロンドンでのライブは大盛況だったようである。毎晩のように聴衆の大喝采が沸き上がり、それがスピーカー越しに伝わってくるが、演奏が終わってもロンドンの聴衆はわが国のそれとは違ってすぐにブラボーのドラ声を張り上げることがない。

終曲の余韻をしみじみとかみ締め、感動が胃の腑にずしりと落ちる。私たちは終演後の静寂こそが至高の音楽であることを知っているはずだ。

それからおもむろに三々五々両手を打ち合わせ、あちこちで歓声が上がるようになる。よい演奏の場合は、それが時を経るごとに頻度と強度を増していき、やがてそれがシャンシャン7拍子の拍を刻むにいたって歓声と賛嘆は堂に満ちる。また指揮があまりにも素晴らしい場合には、聴衆と演奏家はともに床をどんどん踏み鳴らすことによってその演奏を称える。

また演奏がよくない場合には、演奏直後にブー!の罵声を遠慮なく浴びせかけ、拍手のひとつだって呉れてやることはない。以前パリのシャンゼリゼ劇場でダニエル・バレンボイムがパリ管を振った「ドン・ジョバンニ」では、終演後の毀誉褒貶の嵐が耳を聾せんばかりに凄まじく、賛否が真っ二つに分かれた両派が猛烈なブー!とブラボー!を舞台に向かって10分間以上も浴びせ続けたが、その間作法どおりに右手を垂れて聴衆の評価に身を晒しているバレンボイムはなかなか格好よかった。
演奏家も聴衆も真正面から音楽に向き合っている真剣さと清々しさがそこにはあった。

このような姿こそが、長い歳月と経験を経て世界中で確立された古典音楽鑑賞の奥ゆかしい流儀作法ではなかったのではないだろうか。
ところが昨今のわが国のコンサート会場では、演奏の是非などに無頓着のブラボー屋が跋扈し、演奏がまだ終わらないうちに不気味な蛮声を張り上げる。会場で携帯を切らずに会話する無神経な輩に加えて、こういうアホ馬鹿聴衆が異常なまでに増殖してきた。なかには場内で殴り合いをする豪の者まで登場している。まことに情けなく嘆かわしい事態である。

最近TDKからムラビンスキーやベームの来日公演のライブ録音CDが出回っているが、それに耳を傾けるに、70から80年代前半までのわが国の聴衆が演奏家に示す品格ある反応は、世界のお手本であったと思わずにはいられない。
それがどうしてこのように無様に崩れ去ったのであるか。この現象は音楽以外の領域におけるボンサンスの崩壊に見合っているような気もするが、少しは歌舞伎の立見席を見習って欲しいものである。

山手線停まるやいなや突入す若き男のさもしき心よ 茫洋

Sunday, July 13, 2008

石井宏著「天才の父レオポルド・モーツアルトの青春」を読む

石井宏著「天才の父レオポルド・モーツアルトの青春」を読む

照る日曇る日第138回&♪音楽千夜一夜第38回

メイナード・ソロモンの浩瀚なモーツアルト伝の訳者として知られる石井宏氏が自身の企画と構想によるモーツアルト家の物語全5部の執筆に乗り出した。

本書はその序論であるが、天才の父親レオポルトの生誕から天才児の誕生の瞬間までを「史実をベースにした小説」というユニークなスタイルで叙述している。

1791年、レオポルトは欧州中世の封建的な伝統を色濃く受け継ぐ南独アウクスブルク近郊の貧しい製本屋マイスターの息子として生を享けた。鋭い頭脳と強い意志の持ち主だったレオポルトは、貴族社会の一角になんとかして食い込もうと、父親の死後母親の嘆願を退けてザルツブルクの大学に進学したが、何者かの陰謀に巻き込まれてエリートへの階段から転落してしまう。

母親からも絶縁されて天涯孤独の身の上になったレオポルドは、小さな伯爵家の使用人兼楽士家業に身をおとすが、親切な老人の庇護のおかげでザルツブルクの大司教付き宮廷オーケストラの4番バイオリニストの席にありつく。レオポルドの職業音楽家への道、天才児モーツアルトの教育者としての遠大な道はここからはじまったのである。

産んでは死なせ、死なせては産んだ数多くの子供たちのなかからかろうじて残ったのが姉ナンネルとその弟ウオルフガングのたった2人のきょうだいだったが、彼らの愛と憎しみの物語はまだ語られてはいない。興味深いのはモーツアルトの授乳を母乳にせよと命じたレオポルドの決断で、おそらくはそれが彼の夭折を救ったのだった。

本書の第5章で詳しく取り上げられている「レオポルド・モーツアルトのヴァイオリン教則本」の内容は、今日ではもはや常識となったことが述べられているが、当時としては画期的だったと思われる。

「モルト・アレグロはアレグロ・アッサイよりもほんのわずか遅いが、アレグロよりも速い。(中略)アダージョ・カンタービレと指定されている箇所では、けっして俗悪な装飾音を付け加えたり、長く音をひっぱったりして歌わせ過ぎてはてはいけない」(適当に引用)などというくだりを読むと、逆に当時の演奏の実態がうかがえるし、同じザルツブルク生まれのカラヤンのレガート奏法のことなどが思われて複雑な感慨が沸く。

レオポルド・モーツアルト指揮ザルツブルク宮廷オーケストラの演奏は、もしかすると現代の演奏に近かったかもしれないという気がしてくるのである。


♪セオリーの真白きパンツをはきこなす背高き女性の尻のかたちよ 茫洋

Saturday, June 21, 2008

万歳! ドイツ・ハルモニア・ムンディ創立50周年

♪音楽千夜一夜第37回

ワーグナー・バイロイトコレクションはデッカレーベルから発売されていて、旧ドイツグラムフォンやフィリプスで出たものも一括しているが、なんといっても1枚当たり300円以下の低価格がうれしい。

ところがそれを大幅に下回る?バジェットプライスが目の前にならんでいた。ドイツ・ハルモニア・ムンディ創立50周年記念50枚組み消費税込み5790円の超廉価版である。私はすばやく電卓を取り出しメガネをかけて計算してみた。なんと@115円80銭ではないか!
これを買わずにいらりょうかとばかり、掌にずしりと重い1パックをむんずとわしづかみにしてレジに向かった私は、その日の午後のしがない賃労働を終えてから家に帰ってさっそくパンドラの箱を開いてみた。

するてえと、出てくるは出てくるは、バロックやら古楽の名曲名演奏の数々が。
アストルガのスターバト・マーテルからはじまって、ペルゴレージ、デユランテのマグニフィカト、ヴィヴエのレクイエム、リュリ、ラモー、ゼレンカ、ペレストリーナ、パーセル、ラスス、モンテヴェルディ、マショー、ヴィバルディ、バッハ、ヘンデルのいつか聴きたいと思っていたあれやこれやがじゃんじゃん飛び出してきたではないか。

たたいまカメラータ・ケルンのバッハのオーボエコンチエルトを聴いたばかりだが、うっとおしい梅雨の暗雲を吹き飛ばすような胸のすく演奏でした。

クイケン・トリオの音楽の慰め、レオンハルトのゴルドベルグ、鈴木秀美のチエロソナタ全曲も楽しみ。それに大好きなゼレンカのミサ曲やスカルラッティのカンタータ、ヨハネ受難曲なんて秘曲?も入っている。

演奏者はアルフレッド・デラーやターフェルムジーク、ホグウッド、プチット・バンド、ビルスマなどは知っているが、そのほかは初めての団体や演奏家ばかりだが、もうなんだっていいや。なんせ50枚だもんね、115円だもんね。


♪岩煙草煙草忘れし星の使者 茫洋

Friday, June 20, 2008

ワーグナーとアーネスト・サトウ

♪音楽千夜一夜第36回

先般タワーレコードで購入したバイロイト音楽祭におけるワーグナーの楽劇、オペラライブシリーズ33枚は名曲、名演奏の一大コンピレーションで、とりわけベームの「トリスタンとイゾルデ」「ワルキューレ」のそれは聴き応えがあった。しかし諸事多端にとりまぎれ、まだ「ニーベルングの指輪」の残りと「パルシファル」はまだ聴きそびれている。聴き終わるのが待ち遠しいような、聴いてしまいたくないような複雑な気持ちだ。

いま読んでいる荻原延寿氏の本にアーネスト・サトウの音楽マニアぶりの話が出ているが、明治12年7月16日にサトウは同じ駐日英国大使館員のチエンバレンとベートーヴェンのハ短調交響曲の最初の2楽章を連弾して楽しんだりしている。場所は泉岳寺の向かいの下宿であるからあの運命のダダダダーンを耳にした人たちは驚いたことだろう。

そのサトウが生まれて初めてワーグナーの音楽に接したのは、彼が1883年にロンドンに帰国していたときである。ちょうどワーグナーの弟子のハンス・リヒターが英国におけるワ氏音楽の普及とバイロイトの資金集めのためにやってきて、前半に「ファウスト序曲」、「トリスタンの死」、「ジークフリートの死」、「同葬送行進曲」、後半にベ氏のその「ハ短調交響曲」を演奏した。

サトウは大いに感動したようで、「桁外れなほど壮大で神秘的ななにか、じつに意表をつく効果の数々、このワ氏の音楽に比べるとあの素晴らしい旋律と活気にあふれたベ氏の音楽さえ色あせてくる。まるで自分の神々がより強大な権力によって突然玉座から放り出されたような感じを受けた」(荻原延寿「精神の共和国」)と書いている。
永井荷風と同様、聴くべきところは精確に聴いているようだ。

しかしそれほど強力な印象を受けたにもかかわらず、サトウはついにバイロイト音楽祭には行かなかった。
彼の朋友チエンバレンの弟でワ氏の娘エヴァと結婚したヒューストン・チエンバレンが熱烈なワグネリアンだったから、当然何度も招待されたはずなのにとうとう祝祭劇場詣でをしなかったのは、そのヒューストンが狂信的な反ユダヤ主義者でありナチ賛美者であったからだと伝えられる。


♪どのオケで何度聴いてもつまらない真面目だけがとりえの指揮者ブロムシュテット 茫洋