Sunday, December 21, 2008

ポール・オースター著「幻影の書」を読む

照る日曇る日第207回

この人の本は「偶然の音楽」以来2冊目になる。前作も良かったが、こちらのほうが一段と読み応えがあった。

何といっても映画「スモーク」の原作者・脚本家だけに、ストーリー自体が抜群に面白い。映画的だ。

愛する妻子の突然の事故死からはじまって、無声映画の最後の巨匠との思いもかけない邂逅、そこで明かされる巨匠の生涯の秘密、そして主人公の前に現れた運命の女性アルマとのたった8日間の凝縮された愛、そしてなおも巨匠の最後の作品と死をめぐって最後まで残された黒い疑惑、シャトーブリアンの膨大な回想録からの気の利いた引用、(「人間はひとつの生を生きるのではない。多くの、端から端まで置かれた生を生きるのであり、それこそが人間の悲惨なのだ」)、本編に挿入されて実際に映画化された「マーチン・フロストの内なる生」のシナリオの素晴らしさ等々、これは第1級の娯楽読物であり、優れた人生の書でもある。

とりわけ喜劇俳優や若い女性、ポルノ女優、小人、大学教授などのインテリゲンチャなどそれぞれの人物像の水際立った造形とディテールの精密な押さえ方は見事なもので、この1947年ニューアーク生まれの若い作家の才能は底知れない、というべきだろう。

ニューヨークの街角のドラッグストアを舞台にハーヴェー・カイテルとウイリアム・ハートが主演したウエイン・ワン監督の「スモーク」もいかにも都会的で洒落た映画だった。ラストでゆっくりと立ち上る煙草のけむりのはかなくも美しかったこと。確か共同プロデューサーには独文の堀越君が参加していたっけ。ああいうユーモアとエスプリがきらりと光る映画を目にしなくなってひさしい。さびしいことだ。

♪ブルックリンのドラッグストアの四つ角でプカリ浮かんだジタンの煙よ 茫洋

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