♪バガテル op19
宿祢島へ登る稲妻型の道は百五十メートルもあった。
この坂道を乙羽信子と殿山泰司は水をいっぱいに入れた肥桶を担いで毎日登ったのである。乙羽さんの肩は三度皮が剥けた。
乾いた土へ水を注ぐ。たちまち土は水を吸い込む。果てしなく水を注ぐ。
乾いた土とはわたしたちの心である。心に水をかけるのだ。水はわたしたちの心の水である。
モスクワ出発前にこの映画(裸の島)を岡本太郎に見せたところ、ラストに「しかも彼等は生きて行く」という字幕があるのを見て、こんなものを入れてはただのリアリズムだと言われ、即座にこのタイトルを取り除いた。
「裸の島」はただのリアリズムではないのだ。
新藤兼人「私の履歴書」日本経済新聞
小説は、何をどのように書いてもよい、ただ美しくなければいけない、というのが大庭(みな子)さんのよく口にする言葉だった。
その、美しい、という語に独特の強い響きがあった。
大庭さんの生は美しかった、とお別れの言葉をおくりたい。
黒井 千次 日本経済新聞
No comments:
Post a Comment