♪音楽千夜一夜第21回
先日私がこれまででもっとも感銘を受けたクラシックの生演奏について非常に興奮した記事を書いてしまったが、あほうついでにそれではCDのベストは何かといえば、そのひとつはバーンスタインの「ROMANTIC FAVORITES FOR STRINGS」といういわゆるアダージョ物の寄せ集めである。
このCDは確か国内版もCBSソニーから発売されていたように記憶するが、私が持っているのは輸入版で、若きバーンスタインがニューヨークフィルハーモニックを指揮した60年代の演奏である。
曲目はまず1910年生まれのアメリカの作曲家サミュエル・バーバーの代表作「弦楽のためのアダージョ」。
この曲は1986年に公開されたオリバーストーンのベトナム戦争映画の主題歌に使われて有名になった。ともかく弦が歌いに歌って悲壮の極みに至る。バーンスタインも、初演したトスカニーニ張りの名演で泣かせる。
次が英国の国民的作曲家ヴォーン・ウイリアムズが1570年後半に英国で流行した民謡をテーマにした「グリンスリーブズの主題による幻想曲」と同じ作曲家による「トーマス・タリスのテーマによる幻想曲」。トマース・タリスも16世紀の英国の教会音楽の作曲家であるが、ヴォーン・ウイリアムズが発掘した哀愁に満ちた懐かしい古雅な旋律を、バーンスタインは思いをこめてしみじみと歌い上げている。
それからロシアの文豪トルストイが感動したというチャイコフスキーの弦楽四重奏曲第1番第二楽章の「アンダンテ・カンタービレ」、最後に19世紀末のウイーンで活躍した作曲家グスタフ・マーラーの交響曲第5番第四楽章の有名な「アダージエット」が演奏されてこの愛すべきコンピレーションが終る。
最後の作品はイタリアの名匠ヴィスコンティの映画「ベニスに死す」のテーマ音楽で使われ、文字通り一世を風靡したがこれほどロマンチックな叙情歌も少ないだろう。
バーンスタインの演奏は後年のウイーンフィルとの演奏よりもこっちのほうが透明な悲しさが漂っている。ちなみにヴィスコンティは、わざとイタリアのローカルオケの演奏を使った。その鄙びた味わいがよい。
「アダージョ物」はカラヤンのが世界的なベストセラーになったが、バーンスタインはカラヤンや自らの後年の濃厚な味付けをいっさい廃して、恋に恋する純な若者の限りなきロマンと憧憬を、無窮の、そして無人の、海と空に向かってたった独りでひたすら奏でている。
♪ 友がみな吾より偉く見ゆる日よ 花を買いきて妻としたしむ
という石川啄木の歌があるが、このCDはそんな日に繰り返し聴くのに適している。
我が生涯の最愛の音盤である。
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