Thursday, July 14, 2011

河野多恵子著「逆事」を読んで


照る日曇る日第444

十九世紀の終わりに英国の心理学者ウイリアム・ジェームズが唱えた「意識の流れ」という考え方にもとづく小説作法をジェームズ・ジョイスやヴァージニア・ウルフなどが実践したそうだが、5つの短編を集めたこの本もまたそういう書き方がなされていると思った。

別段なんということもない住まいの世間話をしているうちに語りの濃淡がうすれ、著者が自分の小説の行方に無関心になってエアポケットに入ってしまったように思われた瞬間に、マンションの隣人がどすんと音を立てて地面に飛び降りたり、これまた退屈な世間話に興じていたはずの夫婦が突然性交をはじめて、その顛末が驚くほど、事実と言うよりは真実に突き刺さるように描写してあるので、こんなことをこんなふうに書いてもいいのだ、これはポルノより凄いと読んでいて妙に感動したりする。

著者は自分の意識の流れに沿うて人事百般、過去現在未来を行きつ戻りつ自在に行き来しながら、短い物語を終えるまえに、「ああこれを言うのを忘れていたわ」とでもいうように、突然超現実的な挿話を我々の前にポンと投げ出し、そのまま明後日の方へ去ってしまう。心憎いばかりの小説名人といえよう。

辞書を引くと、表題の「逆事」とは、「真実に反することや親より子が先立つさかさまの物事」を指すそうだが、ここでは古来の文学者などが谷崎潤一郎や佐藤春夫などおおかたは順当に「引き潮」の際に死んでいるのに、独り三島由紀夫は満ち潮の時刻に自死してと書きだしながら、話は突然真鶴の海岸の引き潮の折に死んだ蟹の「蟹夫」の急死に飛び、キリスト者でもない著者が讃美歌の「主よみ許に近づかん」を歌ってやる美しいエピソードに至り、これで終わるだろうと思っていたら、最後に靖国神社にハムレットのような亡霊が出る。見事である。

原発はニッポンを死に至らしめるガンである撲滅せよガン 蝶人

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