Friday, July 01, 2011

コンラッド著・柴田元幸訳「ロード・ジム」を読んで


照る日曇る日第439

はじめはタイタニックの遭難のようなスケールの大きい海洋小説なのに、話がとつじょ海から海へと経巡って、いきなりスマトラ島の奥地の密林に飛び、そこで「善の王」となりおおせた主人公ジムが、ロード・ジム(ジム旦那)と成りあがって、悪党中の悪党と対決するという迫真のドラマに息を飲まされます。

しかしそういう全地球的規模の物語空間の大移動よりも、心に深い傷を負った青年の罪障滅却、自己滅却の精神の旅路にこそ、われわれの主要な興味と関心があるのであって、ジムの地球よりも広大で複雑で奥深い魂に魅入られたわれらの小さな魂は、主人公の最後の悲劇が記された最後の頁まで呆然として拉致されていくしかないのです。

奥深いジャングルの中で打ち建てられた奇跡的な共同体の絆と規律と忠誠。そして激しく燃え上がる灼熱の恋! しかしそれらもまた砂上の楼閣のように、密林を舞うモルフォチョウの一瞬の輝きのようにあえなく滅んでいく。

コンラッドは彼の分身であるチャールズ・マーロウを語り部として、このロメオとジュリエットを思わせる悲劇を、ドストエフスキーの小説の登場人物を思わせる主人公によって再現させることに成功したのです。

「これぞ文学中の文学」といえるくらい非常に読みごたえのある小説です。

父上の死に目にも母上の死に目にも会えなかった 蝶人

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