Wednesday, September 17, 2008

父の言葉『思い出の記』第三回

ある丹波の家族の物語 その4&♪遥かな昔、遠い所で第77回



さて、誠にたよりない足取りで信仰の道をたどりはじめましたが、聖書に記されている数々の奇跡を、如何様に頭でなく心で受け入れる信仰をもつことができるかと、迷い続けました。

この世の常識を越えたい岩のようなこの難関を突破しなければと、立ち向かうたびにハジキ返される思いをしました。そして、私ごとき者は、とてもみ救いにあずかる信仰は持つことはできないのではないかと思っていました。―私の拙い筆ではこのあたりを上手に表現できないのです。―

 水に浮かぶ根なし草のようなこの信仰を力づけ、励ましてくれたのはクリスチャン作家椎名麟三氏―戦争中筋金入りの共産党員として検挙され、長い間東京の警察署をグルグルとタライ回しされている間に、神の存在を知り転向した人―の「生と死に就いて」の中で書かれた次の文章でした。

「一体信じられないことは信仰の浅さや罪の深さの証明でせうか。端的に申し上げれば、キリスト教には信じるか信じないかのようなせっぱつまった自刃のやいばは持っていないのであります。キリスト教においては不思議なことと思われませうが、信じられないということもそのまま充分に生きていけるようにされています。」

この場所で確かに人は死んだのだ 世界は死に溢れている 茫洋

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