ある丹波の家族の物語 その9&♪遥かな昔、遠い所で第82回
父が私たちの前から、それこそ忽然として姿を消してから早や1年を迎えようとしています。
最近の日本人の平均寿命からいえば、短すぎた生涯ではありましたが、その最後の瞬間が、隣人への奉仕に捧げられていた事実に象徴されるように、その71年の生は父なりに充実し、終始一貫していた一生であったように思います。
百年余の歴史を持つ地方の商家をつつがなく経営し、3人の子供を大学にまで入れてやり、信仰を培い、傍目もうらやむ夫婦愛を晩年に至るまで守り育てた男、それが父でした。
当たり前といえば当たり前、世間でよくある話じゃないかといわれればそれまでですが、その平凡な人生を、普通の人として淡々とやり遂げた父と、その父を傍らで力いっぱい支え続けた母に対して、私は大きな拍手を贈ってあげたいと思います。
父は死後2冊の小さな覚書を残しました。粗末なメモ用紙に父らしい几帳面な筆致で晩年の日々に書き残されたこれらの文章の多くは、やはり父自身の言葉ではなく、古今東西の作家、思想家の言や、聖句からの引用であります。
内村鑑三、椎名麟三、夏目漱石、キェルケゴール、ドストエフスキー、森有正、遠藤周作、亀井勝一郎、マリア・テレサといった有名人の言葉に交じって、次のような書き抜きがありました。
「五七年一月一三日、ワシントン・ポトマック川に航空機墜落の時、一人の紳士ヘリコプターの命綱を二回も人にゆずり、自らは河の中に沈んだ。」
おそらく父は、もし自分がこの紳士の立場にあったらどう振る舞えただろうと何度も自問したに違いありません。
♪一歩くたびにポケットの中で鳴くんだよニイニイゼミが 茫洋
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