Saturday, September 27, 2008

残雪の「暗夜」を読んで

照る日曇る日第164回

そういえば私も時々夢を見る。いつものように見る夢だ。会社でリーマンをやっていたときの話だ。

わが親しきリーマン・ブラザーズが続々と登場して、中間管理職の私に対してある種の決断を迫るのだ。

会社はバベルの塔のような高い高い塔の上に聳えていて、いつも雲や霧で覆われている。

塔の下は荒涼たる海原だ。世界の中心からきびしく隔離されているので訪れる人もまばらだ。私たちリーマンは外来者に期待せず、またわずらわされることもなく、ここ数カ月来のテーマである、「父母未生以前の真面目とは何か」に真摯に取り組んでいた。

部下Aが「それは天然の旅情というものではないでしょうか」というので、私は少し考えてみたのだが、どうもその答えは問いに対して正しく答えているとは思えない。しかしその答えのどの点が正しくないのかさっぱりわからなかったので、仕方なく、「天然の旅情から父母未生以前の真面目が誕生しないとは言えないけれど、この問いが期待している答えとは、そのような情緒的なものではないでしょう。もそっと実証的なもの、もそっと科学的なものではないだろうか」と答えた。すると部下Bが、「では課長、そのもそっと実証的なもの、もそっと科学的なものとはいったいどういうものなのですか」と迫ってきた。

困った私が思い余って波が立ち風が荒れ狂う眼下の海を眺めやると、おりよく巨大な一羽の鳳がやってきた。

鳳はその優美な形態に似合わない不気味な声でひとこえ鳴いたが、その鳴き声がなにを意味するのかは私にはさっぱりわからなかった。部下Aにも理解できないようだ。

そこで部下Bが鳳に「Never more?」と大声で尋ねると、鳳は目玉をぎょろりと半回転させて、しかし何も答えず、胸壁で見張りに立つ私たちリーマンの帽子を灰色のくちばしで順番にたたき落してから、小雪が舞い落ちる暗黒の空高く舞い上がったのであった。
♪彼岸花刈られず残りし力かな 茫洋

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