Saturday, August 25, 2007

「夏の歌」

♪音楽千夜一夜第25回&遥かな昔、遠い所で第19回

毎日ロンドンのロイヤルアルバートホールから生中継されるプロムスを聴いている。

今年7月13日にビエロフラービック指揮BBC響のエルガーとウオルトンに始まった「プロムス07」の終焉は来月の8日。すでに会期の半ばを過ぎ、ようやく秋は近い。

これまで印象に残った演奏は、もラヌクルズの鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパンのカンタータ、かつての手兵アムステルダム・コンセルトヘボウを見事にドライヴしたベルナルド・ハイテインクのブルックナーの8番、コーリンデービスとヨーロッパユースシンフォニーの演奏、アバド&ルツエルン祝祭管のマーラー、さらに現在世界でもっとも大きな話題を集めているギュスターボ・デュダメル指揮ベネズエラ・ユース・シンフォニーのショスタコ10番&バーンスタイン曲集などであった。

デュダメルはバレンボイムやムーティやアバドやマゼール、それに我が尊敬する吉田秀和氏などがこぞって褒め称えている新進気鋭の第三世界の音楽家である。その鬼神も避ける疾風怒涛の演奏はまことにエネルギッシュで、全身に爽快さがみなぎる体のものであるが、これは往年の小澤の音楽と同じスタイルであり、当初は斬新かつ革命的に耳朶を聾して先物買いが殺到するだろうが、遠からずして逼塞することでしょう。

先般FMで彼らのベートーヴェンやドボ9などを聴いたが、快速楽章の運転は得意とするものの、緩徐楽章の処理をもてあましていて、それが全体的な演奏効果を大きく妨げているように思われた。

むしろ私には職人肌オペラ指揮者ラニクルズが振ったワグナーの「ラインの黄金」のほうが楽しめた。これからまだゲルギエフなど数多くの実力者が登壇するので総合ランキング評価はまだ早すぎるが、これまでのプロムス全公演でベストの快演であった。

プロムスで思い出すのは英国人のときおり熱狂に傾く自然な愛国心の発露であるが、これがわが国や米国のそれとはひとあじ違った独特の風情があり、BBC響による英国国歌の奏楽と斉唱が終った後、満堂の聴衆が手をつなぎ、肩を組んで、自然発生的に例の「蛍の光」をアカペラで合唱するときのしみじみとした感興、そしてその音程の正しさと見事なアンサンブルにはいつも深い感銘を受ける。日本帝国の「君が代」ではこうはいかないだろう。

ところで、夏のイギリス音楽といえばいつも思い出す1本のテレビ映画がある。

ある夏の終わりにNHKが英国の作曲家フレデリック・ディーリアスの伝記ドラマ「夏の歌」を放映したことがあった。晩年梅毒が元で失明したディーリアスを、彼の妻と弟子のエリック・フェンビーがかいがいしく看護するが、その甲斐もなく孤独で我侭な作曲家は亡くなり、彼の死を悼むBBCの追悼番組が放送されるシーンで、このドラマも終る。

BBCのアナウンサーが、「わが国の20世紀を代表する最大の音楽家の死を悼み、彼の代表作をお届けします」と重々しく告げると、あの懐かしい「夏の歌」の管弦楽の序奏が低く奏され、2人は白いレースのカーテンに閉ざされたリビングルームでよよと泣きくづれるのである。

往時茫茫四十年。この夏のドラマを見た夏の日から長い歳月が徒に流れたが、私が死ぬまでにもう一度観たい唯一の番組が、名匠ケン・ラッセル演出のこの音楽ドラマである。

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