Sunday, December 17, 2006

鎌響の「第9」を聴く

音楽千夜一夜 第3回

 ことしも年末恒例のベートーヴェンの第9番の交響曲を聴いてきました。演奏はもちろん贔屓の鎌倉交響楽団です。

この演奏会場は10年ほど前に中西という自動車屋の市長が大船の旧松竹撮影所の傍に巨費を投じて作った気色悪い緑色に着色された鎌倉芸術館です。

この建物が完成したとき、当時の中西市長は自分の親戚の同じ姓の有名シャンソン作詞家をプロデユーサーにお手盛りで任命しました。ここらへんはちょっと石原知事とその息子の関係に似ているかもしれませんが、中西氏はその身内の作詞家に対してなんと年間2億だか3億円だかの法外なプロデユーサー料を(市のそれでなくても全国で有数の高額の税金から)気前よく支払ったのです。

その作詞家がやった仕事といえば、年間のコンサート計画なるものを企画立案し、東京の自分の知り合いのゲージュツカたちをこの湘南の田舎町にどんどん連れてきて好き勝手なプログラムを組んで自分勝手に「運営」したことくらいなのですが、こうした野放図な税金泥棒的行為?は心ある市民から指弾を受け、くだんの作詞家はいつのまにかこの地からいなくなってしまいました。

 ああうらやましい。じゃなくてけったくそ悪い。

そういういわくつきの会場ですが、唯一のめっけものは音響の良さです。1階は相当音が飛びますが、2階、特に3階の最前部の聴感は抜群で、どこに座っていても音響が怪しく飛散するサントリーホールよりも快適な響きで、これだけはダブルナカニシチームに心から感謝したいところです。

さて下らない前置きはともかく、今日の演奏はなかなか楽しめました。
私は前にも書いたように、プロの枯渇し疲弊しきった冷たい演奏よりも、たとえ技術的には劣ってはいても音楽への純粋な愛情と情熱では前者をはるかにしのぐアマチュアの演奏を好んでいますが、今日の鎌響もそのとおりの好演でした。

私はこれまで第9は第三楽章がいちばん気に入っていたのですが、今日はむしろ第二楽章の方が楽しく聞き応えがありました。ここでは弦と管とが華麗な舞踏を繰り広げ、踊りの輪郭が拡散しそうになると、途端にティンパニーが出てきて要所要所で音楽の形式をぴりりと引き締めます。

それがまことにカッコいい。今年亡くなった岩城さんがこの楽器の奏者であったことを思い出しましたが、ティンパニーって音を出せない指揮者に代わってああいう声を出しているのですね。

夢見るような第三楽章が終ると切れ目なく最終楽章に入ります。

しばらくとろとろ眠るがごとき音楽をまだ続けていますが、まず最初にあの有名な歓喜のテーマを深々と歌うのはチエロ、そしてコントラバスなんですね。

それから同じテーマをビオラが歌い、最後に第1と第2のヴァイオリンが高音部で高らかにうたい始める。すると木管と金管がそのシンプルなメロディーをあわてて追いかけるようにして唱和します。

やがてすべての楽器が私たちの心臓とおなじリズム、おなじメロディーでどんどん加速を強めていって、ベートーヴェンの心の音楽が堂に満ちる。そして最初の絶頂の峠の上で、ソプラノでもなくテナーでもなく、なんとバスが「おお、フロイデ」と歌いだすのです。この構成はほんとうに素晴らしく、こうなるとベートーヴェンはもはやゲーテにもナポレオンにも絶対に文句を言わせません。

じつは私はこのところ第4楽章がちょっと鼻につくようになって、リストが編曲したピアノ版第9の演奏をツアハリスの見事な演奏で楽しんでいたのですが、これを実演で聴かされるとやはり声楽入りも捨てがたい。いやそれどころではなく主にシニアの方々のものすごい咆哮は管弦楽の強奏を圧倒しました。

人間の声が最高最大の楽器とはよく言ったものですね。

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