茫洋物見遊山記第87回&勝手に建築観光第49回
そろそろ会期も終わりに近づいたので、意を決して南青山まで重い足を運んできました。だいたいこの度の改築を設計した隈研吾という男を私はまるで信用していないし、本展のタイトルのコーリン鉛筆みたいな表示も気に喰わないので、いっそ出かけるのはよそうかとまで思いつめていたのですが、やはり光琳の「八橋図」と「燕子花図」は底抜けに素晴らしかった。いずれがあやめかかきつばた、とはこういう組み合わせをいうのでしょう。
どちらも六曲一双の金地屏風ですが、翠藍の配色の美しさと律動的な配列がもたらす心理的な諧調が絶妙で、いついつまでも眺めていたい気持ちに駆られます。
1世紀ぶりに並んだ双方を比べてみると、向かって右側の「燕子花図」は燕子の花と葉の色がやや重厚で、モーツアルトの後期の交響曲にたとえるとパセチックなト短調k550、左側のたらしこみのある8つの橋と共に描かれた「八橋図」は表向きだけは軽やかなハ長調k551という趣でしょうか。
右から第1、第2扇と流れる宙空に浮かんだ燕子が、生きるよろこびをうたう4つの楽章のように見えてくるから不思議です。これこそ日本が世界に誇る最高傑作、われらの心の永遠の宝でありましょう。同じ光琳の「夏草図屏風」も見るたびに新鮮で、中央の立葵が、あたかもゴッホの向日葵のような生命の輝きをわれらに送って寄越すのでした。
しかししかし、最後にとっておかれた最大の驚きは、なんと酒井抱一の大作「青楓朱楓図屏風」でした。その朱色と薄緑色の取り合わせの衝撃は、構図の大胆さと相俟って、色彩がこれほど恐るべき魔力を放射したことはかつてなかったのではないでしょうか。ああ極楽極楽。これでよい死土産ができました。
余談ながら、昔の根津美術館はいつでもひとけがなく、ひっそりしていて、私は常設展示の良寛の書を見るのが好きでした。裏門から入って木造低層の玄関口までわずかな勾配を辿ってゆくと何故かディーリアスの音楽が聴こえてくるようでしたが、今度の改築はそんな私のささやかな心の贅沢をすべてぶち壊しにしてしまい、かつて私がひそかに逢い引きを楽しんでいた奥の日本庭園もいまでは有料になってしまいました。
ほんとにセンスが悪くて才能が無いアホ馬鹿建築家には困ります。先日亡くなった菊竹清訓の醜悪無比なデザインのお陰で私は二度と江戸東京博物館には行けないでしょうし、六本木ヒルズも同様。こういう美意識を無視した無神経な悪しき建築による弊害の責任は彼奴がくたばったとしても半永久的に続くのです。
当美術館の竹林の趣向にしても、隈研吾が2003年に青山梅窓院で試みたと同じ京都料亭風エントランスのクリシエですが、こういう安直で陳腐な仕掛けが果たして一流建築家の仕事といえるのでしょうか。内装だってうちの近所の工務店の方がもっと安価にもっと上手にやるでしょう。
松竹本社ビルといいサントリー美術館といい、この人の小賢い、ちまちました、折衷的なしのぎのテクニックは、そこを使う人の心を曇天の悪性ウイルスのように汚染するに違いありません。私はあえて1991年のM2の精神に立ちもどれ!と言うてやりたくなりました。
雲雀歌い燕子咲けども君在らず東京青山根津美術館 蝶人
No comments:
Post a Comment