♪音楽千夜一夜 第257回
ドイツのベーレンライター社が刊行する新バッハ全集の楽譜によるバッハ作品のすべてを網羅した唯一の「大全集」です。このヘンスラー・レーベルの制作した完全な全曲盤の監修は、バッハの研究者でもある指揮者ヘルムート・リリングの手で行われました。
数か月に亘ってバッハが作曲した全ての曲を聴き終えての感想は、当たり前のことながら、この人は神の前にぬかずく敬虔な信徒であり、朝から晩まで神様への音楽の捧げものを贈り続けた聖職者であったという一事です。
従って彼が日課として作りつづけた宗教音楽、とりわけカンタータこそ彼にとってもっとも重要な仕事であり、この膨大な音楽作品を聴けば聴くほど彼の日々の篤信に頭が下がります。
オルガンなどの鍵盤楽器による作品、あるいは管弦楽のための作品も基本的には神のみいつをほめたたえるためのオードであり、このように考えてくるとグールドのゴルドベルクのような信仰とは無縁ないわゆるクールな現代感覚による演奏は、恣意的であるのみならずことさら反バッハ的で異端的な解釈と演奏であるように感じられます。
健全な肉体の上に突如癌細部のように出現した美しい悪の華に驚いた日本の音楽関係者が、かの吉田秀和翁ただ一人を除いて一斉に黙殺しようとしたのは決して彼らの不明ではなく、むしろ彼らの叡智による穏当な選択であったと肯えるような、そういう燻銀の演奏の数々です。
もちろんシュバイツアーやリヒターやリヒテルの演奏が神への信仰に裏打ちされており、グールドや鈴木雅明の演奏がそれを感じさせないからといって、彼らの演奏の芸術的価値に何のかかわりもないことは自明の理ですが。
それはさておき、御大リリング指揮バッハ・コレギウム・シュトゥットガルトをはじめ、カイ・ヨハンセン、マルティン・リュッカーのオルガン、トレヴァー・ピノック、ロバート・レヴィン、ロバート・ヒル、エフゲニー・コロリオフのピアノやハープシコードによる現代楽器による秀れた演奏&素晴らしい録音によるCD172枚が、邦貨2万990円で入手できる平成の黄昏の福音を改めてかみしめたことでした。
一芸に秀でていても駄目ですか? 蝶人
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