Monday, October 12, 2009

橋本征子著 詩集「秘祭」を読んで

照る日曇る日第299回

「夏の呪文」「闇の乳房」「破船」につづく著者の第4番目の詩集「秘祭」が刊行されました。

苺、アスオアラガス、桃、アドカボ、にんにく、イチジク、メロン、レモン、ホウレンソウ、ピーマン……、キッチンにそっと置かれた果物を凝視するうちに詩人の心の片隅に、突如として遠い少女時代の思い出や父母の記憶、異国の忘れがたい光景、そしてさまざま奇想が浮かんでくるのです。

それはたとえば、子宮の中で波打つアマゾネスの血脈、父祖伝来の不遜な欲望と草原の孤独、氷河の上の青空へのあこがれ、原野に棲息する先住民族の咆哮。野太い太鼓連打に高鳴る心臓、透明な思惟と最後から2番目の抒情……

では早速ページを開いてみましょう。

暗い電灯の下 影のない死者たちと円陣
を組んでかぼちゃを食べる 暗い洞穴の
口のなかにほっくりと煮た真黄色のかぼ
ちゃを放り込み 歯茎で咀嚼する わた
しも食べる 噛むたびに 痛くもないの
に歯がぽろぽろと抜けてゆく 吐き出し
てみると白いかぼちゃの種 死者たちは
わたしをみてやさしく微笑む 滅びたも
のたちの祝祭 供物 かぼちゃ     「パンプキン」より


ここに流れているのは、多彩な諧調を見事に制御した由緒正しい音楽の調べ。静謐なハーモニーを縫って流れる美しい旋律。そして不意に波打つ痙攣的な転調。眩い色彩の氾濫、たちまち失われる調和の幻想、空虚な日常をいっきょに満たす圧倒的な詩的ヴィジョンの奔騰……。


種の少ないつややかな水気の多いコルニ
ッション 少年の美しいペニスの短剣 
醜い陰毛が生える前の清浄な野菜 肩甲
骨に嵌められた茎から水滴が溢れて 少
年の無垢な体をすみずみまで沐う 生殖
を今だ知らない体はしなやかに伸び 下
半身をくねらせ 再び海へとすべらかに
入って行く 少年の性器の聖性 小さな
きゅうり コルニッション       「コルニッション」より


テーブルの上でつややかな尻をだしたま
まの桃 真っ赤な夕焼けの映る水たまり
をもう飛び越えることなない果実 鉄棒
の逆さ上がりにもう挑むことのない果実 
記憶の冷たさに潜んでいて 今 漂着
物となって辿り着いたもうひとりのわた
し ずっと前 わたしのなかで流れ消え
去って 今 蘇ったわたし 桃     「桃」より

ここに繰り広げられたのは、遠い森の奥で開催されている性の祝祭、動物と植物の結婚、音もなく爆発する生理、真紅の夢の洪水、覚醒、沈下と上昇、そしてまた音楽、うちならされる打楽器、ダンス、ダンス、ダンス……。


北の街で来るべき冬を待つ詩人が暖炉の傍らで夢見るものは、いったい何でしょうか?
それは晴朗な成熟と穏やかな退去? いな全身を一撃のもとで溶解させるいまひとたびの燃ゆる恋、魂を震撼させる新たな叡智の降臨、よりよき豊かな生への誘惑、そしてゆるやかで甘い眠りのおとずれ……。


北国の冬の夜空に鳴り響く花火はきみの秘めたる祭りか 茫洋

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