照る日曇る日第259回
花も嵐も踏み越えて恩讐の彼方から立ち上がるこの力強い言霊の威力
時代は2つの大戦をはさんで現在まで。舞台は南米最南端の国チリ。持てる者と持たざる者とが決定的な対決を迎えたこの国に、激しく生きた伝説の祖父母、父母、そして孫娘。 この小説の作者を含めた3世代の人々の苛烈な人生を悠揚迫らず描きつくした大河小説です。
緑の髪の乙女ローサを喪った祖父エステーバン・トゥエルバは、不毛の荒地を開拓して緑なす大牧場を一代で築きあげ、ローサの妹クラーラを妻に迎えます。クラーラは幻視者であり未来を予知する不思議な能力を持ち合わせていました。
この2人の祖父母から生まれた母ブランカは根っからの保守主義者トゥエルバとは180度政治的見解を異にする農場の使用人ペドロ・テルセーロと愛し合うようになり、孫娘アルバが生まれますが、彼女の恋人ミゲルもまた左翼の革命家であり、保守派の有力国会議員となった天敵の祖父トゥエルバと折り合いがつくはずがありません。そうこうするうちに南米における社会主義運動が高揚期を迎え、本人もまさかのアジェンデ政権が誕生してしまいます。
右翼や軍隊、警察と連携して左派政権の打倒を画策する祖父。彼の思惑通りについにクーデターが勃発しピノチェト軍事政権が登場するのですが、血と復讐に飢えた狂気のファシストは、アジェンデの支持者たちを徹底的に弾圧し、暴力と拷問、極刑の限りを尽くします。作者の分身アルバが逮捕監禁され、昔祖父が強姦した娘から生まれた孫(警察幹部になっています)によって強姦されるシーンなど思わず目をおおいたくなります。
しかし、その筆致はあくまでも冷静そのもの。作者の叔父が実際に米国の支持を受けたファシストたちによって虐殺されたアジェンデ大統領その人だと聞けば、「どうしてそこまで落ち着きはらっているのかしら」とじれったくもなるのですが、彼女は彼女がみずから語っているように、敵への報復や復讐のために本書を書いたのではなく、政治的な対立を超えて、この小説に登場するすべての人物の「悪魔払いの儀式として、心の中にすみついている亡霊たちを追い払うため」に書いたのです。
花も嵐も踏み越えて恩讐の彼方から立ち上がるこの力強い言霊の威力の前で、私たちは頭を垂れて、とうとうと語り続けられる人間の愚かさと素晴らしさの物語にただ耳を傾けることしかできません。
♪花も嵐も踏み越えて行きつくところまで歩むべし 茫洋
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