Tuesday, June 02, 2009

森まゆみ著「女三人のシベリア鉄道」を読んで

照る日曇る日第260回 

「女三人」とは与謝野晶子と中條(宮本)百合子、そして林芙美子です。この有名な文学者が時は異なるけれども同じようにシベリア鉄道に乗ってモスクワ経由でパリまで行きました。そこで著者も同じルートで彼女たちの足跡を、そのそれぞれに目覚ましい果敢な行き方ともども追跡し、あわよくば追体験しようという趣向です。

山川登美子などの強力なライバルを打倒してついに与謝野鉄幹(寛)を略奪した晶子は、歳を追うごとに創作意欲を喪失して作家生命を衰弱させていった夫をよみがえらせるためにパリにやるのですが、今度は夫の不在に耐えられなくなって、たくさんの子供を夫の妹に託して身一つでシベリア鉄道に乗り込みます。ちなみに2人の旅費と滞在費は、すべて晶子が獅子奮迅の奮闘努力で書きまくる原稿料から工面されたのです。

どうしてそんなダメ亭主を忘れられなかったのか、と自問して「寛のセックスが良かったのであろう」と答える著者に、私ははしなくも晶子さんと森まゆみさんとの共通項を見出したような気がいたしました。それは物事をまっすぐに見つめる、正直で、リアルな生活感覚です。

寛恋しさにすべてを投げ捨てて一九一二年の五月にパリに飛んで行った晶子。そのおかげで、ほんのいっときではありましたが、与謝野夫婦はかつての恋人同士の関係にかえり、「第2の青春」を取り戻しました。

ああ皐月仏蘭西の野は火の色す君も雛罌粟われも雛罌粟

という世紀の絶唱は、そのなによりのあかしではないでしょうか。私はこの句を目にするたびに紅いコクリコの花が咲き乱れる草原を白いパラソルをさした婦人がたたずむモネの絵を思い浮かべます。

そんな晶子のケースよりもっと興味深いのは、一九二七年同性の愛人湯浅芳子と共にシベリア鉄道経由でモスクワに入り、社会主義の創生期に立ち会った中條(宮本)百合子、そしてその四年後の一九三一年に、パリにいる恋人を追って国際的「放浪」の旅に出た林芙美子が繰り広げるさまざまなエピソードですが、その面白さはどうぞ本書を直接手にとって確かめて頂きたいと思います。

なおタイトルでは、「女三人」と謳ってはいますが、実際は著者自身のシベリア鉄道・パリ紀行がかなりの比重を占めていて、実際には「女四人のシベリア鉄道記」といってもよいでしょう。三人の歴史的人物以上に著者の個人的な旅行記録が少々でしゃばりすぎているように感じたのは私だけでしょうか。

♪七人の子供を残し巴里に住む恋しき夫に会いに行く女 茫洋

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