鎌倉ちょっと不思議な物語第172回
春の日の昼下がり、桜見物を兼ねて北鎌倉の「台(だい)の峯」に行ってきました。案内人は最近岩波書店から写真集「鎌倉の森 台峯」を出版された写真家の関戸勇さんです。
1964年、鎌倉では作家の大仏次郎などの提唱で鶴岡八幡宮の裏山一帯を市民が買い上げることに成功しました。これが日本で初めて実現したナショナルトラスト運動(貴重な歴史的自然環境を市民が買い上げる)でしたが、1998年、2回目のナショナルトラスト運動が起こりました。それがこの台(だい)の峯緑地36.7ヘクタールと広町の森38ヘクタールの保全運動です。
不動産会社が買い上げ開発しようとしていたこの広大な手つかずの自然の森を守ろうと関戸氏など自然を愛する心ある人々が立ち上がって署名と交渉と陳情を繰り返した結果、ついに2002年10月に広町を、そして2004年12月にはこの台峯を鎌倉市が不動産会社から買い取ることで合意しました。最後に残されたこの植物と動物(そして市民の)聖域を死守することができたことは、この町とこの町に住む人たちにとっての大いなる幸福と誇りであり、ユネスコの世界遺産になど登録されなくとも、後世への最大の遺産となるでしょう。
台峯は北鎌倉の駅で下車して円覚寺の反対側の山の上に向かって20分くらい歩くとその入口に到達する北西から南東に長々と伸びた尾根、3つの谷戸と1つの池、そして中央公園と田圃を含む広大な森です。そこは四季折々に花々が咲き、樹木が茂り、チョウやホタルが乱舞する現代の秘境です。
今日は梶原の急坂を登って鎌倉中央公園の右側の細道を進んで、関戸さんが自ら命名された巨大なお化け桜「大蛇(おろち)桜」をとっくりと観賞したあと、清水谷戸に降りて北大路魯山人旧庵の右側を通って倉久保の谷戸に入り、清らかな水を湛えた谷戸の池を抜けてふたたび高台に登りました。
眼下にさえぎるものなく隈なく見えるのは六見山とその麓の円覚寺、北鎌倉駅、そして山全体をぎっしりと埋めたソメイヨシノ、オオシマザクラ、ヤマザクラの大パノラマです。これまで私は鎌倉で最も見事な景観は円覚寺の高台から眺めた台峯の麓と信じてきましたが、あにはからんや、その上をいく光景が横須賀線を挟んでちょうど反対側にあったとは! 関戸さんが自画自賛されるまでもなく、これぞ天下の絶景、鎌倉随一の眺望でしょう。
思う存分桜を堪能しながら春の森林浴を楽しむことおよそ3時間、私は全身に心地よい花疲れを覚えながら帰路についたことでした。
♪鎌倉や花の都に遊びけり 茫洋
♪我こそは森の王なるぞおろち桜
♪鎌倉の台の峯を訪ぬれば緑の蛙慌てて逃げおり
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