Monday, April 13, 2009

MARIA CALLAS 「The Complete Studio Recordings」を聴きながら

♪音楽千夜一夜第61回

マリア・カラスが1949年から1969年までスタジオでレコードした全69枚のCDを1枚140円のEMIの廉価盤で入手し、毎日毎晩舐めるようにして聴いています。いわゆるひとつの至福のいっときというやつでしょう。

 まずは49年11月8日から10日にかけてイタリアのトリノで録音された最初のリサイタルを聴いて驚きました。アルトゥーロ・バジーレ指揮、トリノイタリア放送交響楽団の伴奏に乗せておもむろに歌いはじめた「イゾルデの愛の死」は、録音こそ古いもののまさしくカラスの胴間声。いささか青臭く、なんとなく自信なさげで、未熟といえば未熟な歌唱ではありますが、時折聴こえてくるどすの効いた迫真のサビとうなりはすでに自家薬籠中のものとなっています。

そうなのです。ハイCで切開される鋭い線のような高音はもちろんですが、このブルブル震えるような低音こそが、カラスなのです。一度聴いたら二度と忘れられなくなる、懐かしくも恐ろしいその声。聞く者の内臓に食い入り、深々と肺腑をえぐっては泣かせる、この表情豊かで戦慄的なバスの音色こそが、カラスという人の専売特許なのです。

ベルリーニの「ノルマ」と「清教徒」からのアリアの抜粋もじつに見事なもの。まさに「栴檀は双葉より芳し」を地でいく鮮烈なデビュー振りといえるでしょう。

今度は一転して、最晩年のカラスを聴いてみることにしました。69年2月と3月にパリのサル・ワグラムで録音された本当に最終期のカラスの歌唱です。

カラスは、ニコラ・レッシーニョの指揮するオルケストラ・ドゥ・ラ・コンセルバトワール管をバックに、ヴェルディの「シチリアの晩鐘」、「アッティラ」、そして「イ・ロンバルディ」からの3つのアリアを、かすれるような声で懸命に歌っていますが、音程は下がり、あの豊かだった胴間声は激しくきしみ、さながら魔女の断末魔の叫びのようにも聴こえます。

しかしその蹌踉たる絶叫のなかに、私は無残な老醜をそれと知りつつ超克しようとする女の誇りと意地のようなものを感じ取り、一掬の涙を銀盤に灌いだことでした。


♪老ゆるともカラスはカラス鶴の声宇宙の彼方にさえざえと響く 茫洋

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