Thursday, April 09, 2009

フランツ・カフカ著・池内紀訳「失踪者」を読んで

照る日曇る日第249回

以前新潮社から出ていたこの作品は、タイトルが「アメリカ」で、主人公の少年は17歳ではなく、16歳になっていました。それだけではなく物語の最後が今回の池内紀氏の翻訳とは少し違っていました。

どうしてこんなことが起こったかというと、旧訳の1927年版はカフカ全集を編集したマックス・ブロートの構成によるものでしたが、カフカの死後70年余りたった1983年になって、作家がある友人にあずけていた自筆の生原稿が出てきて、これはその貴重な手稿版の翻訳なのです。同時に題名もブロートが命名した「アメリカ」からカフカが日記にメモしていた「失踪者」に変わったというわけです。

「失踪者」はカフカの就職活動を扱った一種の「シュウカツ小説」です。世界の果てまで自分にもっともふさわしい居場所と働き場所を探し続ける若者の物語です。
そしてカフカのすべての物語がそうであるように、第1行を書き下ろすや否や、物語は後先構わずまっしぐらに前進、前進、また前進します。この前のめりの疾走感覚、失敗を恐れない無謀な前駆機動想像力こそが、この作家の最大の持ち味なのです。

カフカの分身である主人公カール・ロスマンは、いまはやりの17歳の草食動物少年です。カールは郷里プラハの実家で女中に逆レイプされて子供が出来てしまい、少年の行く末を案じた両親は、大きなトランクとこうもり傘だけを持たせて、はるばる新天地アメリカまで旅立たせます。「可愛い子には旅をさせよ」を、地で、いや海で行ったわけですが、この物語の冒頭ではどことなくドボルザークの新世界交響曲の遠い響きがこだましているような気がいたします。

無事にニューヨークの港に到着したものの、カールを待ち受けているのは異国の人々のおおむねは冷たい仕打ち、時折はやさしいはからいです。船中での喜劇的なやりとりのあと、カールの「アメリカの伯父さん」が突如登場して主人公を温かく迎えてくれますが、これがカフカ的不条理であっというまに掌が返され、再び放浪の身に。ようやくホテル・オクシデンタルのエレベーターボーイにありついたものの、悪友につきまとわれて首になり、流れ流れて理想のエンターテインメント施設、オクラホマ劇場の技術者として就職することになります。

オクラホマ劇場は、無理やり日本に当てはめるとディズニーランド、いや岡山の木下サーカスに似ています。ここはおそらく現役で唯一の国産サーカスで、毎年大卒を募集しています。初任給なんと26万円でフジテレビと同じですが、こんな不毛?の職場よりももっともっと夢とロマンにあふれているに違いありません。

物語の最後の場面は、かつてニューヨークのメトロポリタン歌劇場がセントラルステーションから全米夏季巡業に出発した華やかな光景を彷彿とさせ、カールの苦悩に満ち満ちた「シュウカツ」は、ここでついに幸福な結末を迎えるのです。


♪世界の果てまで自分にふさわしい仕事を探し続けたりフランツ・カフカ 茫洋

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