Friday, November 16, 2007

ある丹波の女性の物語 第15回

遥かな昔、遠い所で第37回

 大正15年4月、私は隣の本屋の幸ちゃんと綾部幼稚園に入園した。幸ちゃんは男のくせに色白で、よく風邪をひき、いつも着物で冬はくびに真綿を巻いていた。2人とも朝寝坊でよく遅刻した。誰も通らなくなった通学路の坂道を2人で上がっていった。坂を上りつめた所には大きな榎の木が二本立っていた。もう暫く行けば幼稚園なのである。

 2人とも教会の日曜学校へ通っていたので、その木の大きな根元に腰かけて「どうぞ幼稚園の時計がおくれていて、遅刻になりませんようお守り下さい。アーメン」とよくお祈りをしたものである。

 榎の枝の間から見える教会の十字架は、まるで額ぶちにおさまった絵のように美しかった。写生の良い材料になったが、その大木も、交互に植わっていた桜と紅葉の並木も、いつの間にか切り倒されて今はない。
 幸ちゃんも戦争に征く事もなく、20歳を待たずに急死した。

 坂の上から見晴らしのよくなった十字架を見るたびに、幸ちゃんと過ごした幼い日がよみがえって来る。

♪もじずりの 花がすんだら 刈るといふ
 娘のやさしさに ふれたるおもひ  愛子

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