ミニHALから遠くのがれて
♪バガテル op16
新宿のタワーレコードの9階まで昇るエレベーターのなかには右上方の一角に監視カメラが取り付けてある。
そいつは映画『2001年宇宙の旅』の主人公であるコンピューターターHAL(ご存知の通りIBMのひとつ手前のアルファベット)のように不気味な顔で乗客を睨んでいる。
それはもちろんタワーだけではない。街頭でも商業施設でも集合住宅でもわが国の都市のいたるところにミニHALが配置され、潜在犯罪者としてのわれわれを押し黙って監視し続けているのである。
私がはじめてキューブリクのこの映画を観たり、P.K.ディックの作品を読んでおもしろがっていた頃は、こんなけったくその悪い監視機械が、こんな極東の孤島に登場しようとは、夢にも思わなかったものである。
われわれは、まずそのアブノーマルさに対してもっと驚く必要があるのではないだろうか?
わが国でいくら凶悪な犯罪が増加し、その結果、私やあなたが新宿のタワーレコードの四角い空間でよしや暴行傷害に被害に遭い、虐殺されようとも、私は公共空間をあらかじめ犯罪準備空間とみなす施設の管理者が私の顔や身体や不用意に露出しているかもしれない局部を勝手に撮影したり、録画したり、彼ら管理者や当局の視線にさらされることに対して断固反対する。
それは肖像権の侵害であり、市民の自由な活動に対する規制であり、誰によっても合法化されえないスパイ活動そのものである。
もしもわれわれがこのような認識に立つことができたなら、われわれはタワーレコードや由比ガ浜駐車場のシンドラー社製のエレベーターに入るや否や、すかさず目出し帽をかぶったり、尊顔にイスラム風のヴェールを掛けたり、あっかんべーをしてそっぽを向くべきではないだろうか?
ところで、このように本邦のみならず全世界で猛威をふるっているミニHALに対して、朝日新聞のロンドン特派員がまったく素敵なお知らせをもたらしてくれた。
交差点や商店街、駅構内など英国中の街角に設置されているCCTV犯罪監視カメラは420万台以上にのぼり、それらは地区の管理センターで24時間モニターされているそうだが、最近登場した最新型では係員が映像を見ながら、
「あなたの行為は犯罪です。直ちにやめなさい」「ゴミを捨ててはいけません」「この付近は飲酒禁止です」
などと突然の音声で警告を流すのだそうだ。
英国北部のミドルズブラ市で今年初めからこいつを導入したところ「反社会的行為」が昨対70%減少し、世論調査でも88%の市民が設置に肯定的!だという。
この結果に気をよくしたリード内相は、今後首都ロンドンはじめ全英20地区で取り付けるのだと意気込んでいるそうだが、誇り高い大英帝国の臣民がそこまで唯々諾々と公権力の介入を許すとはじつに不可解。黄昏の、あるいは断末魔のロンドンにふさわしい“そうとう不気味な”(中原中也)話ではないだろうか?
遠からずわが国でも、かの治安大好き都知事などが、あの下品な顔でうれしそうに舌なめずりしながら、このエキサイティングなホラーサスペンスの世界に身を乗り出してくるのだろう。
乱世にありて災厄に遭いてはまさに遭うべく、死するときにはむざと死すべし。
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