闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.101
1972年に英国で制作されたサスペンス映画の秀作です。冒頭のテムズ川上空を俯瞰するヘリ空撮から始まって川岸に寄る連続ネクタイ殺人事件の女性被害者のクロースアップまで観客の目をくぎ付けにするヒッチのキャメラワークはあざやか。
最初は怪しい男と疑われたジョン・フィンチが犯人ではなく、フィンチにやたら親切めかしをしていたバリー・フォスターが真犯人と判るまでのストーリー展開もなめらかです。
うわべは温厚な紳士面をしていても、内面は異常性が隠されている。そんなよくあるタイプの人間性を、ヒッチはこの映画で執拗に追及します。あたかもそれが彼の隠された自画像であるがごとくに。
好みの女性を追い詰め、ソファーに押し倒し、無駄な抵抗をあきらめさせ、自分で下着を脱いだ犠牲者の乳房をいやらしく舐め上げる卑猥なキャメラ。そして仕方なくレイプされながらも、それを意識の外側に追いだすために詩を諳んじている女性の顔を執拗に映し出す視線。それがヒッチコックというfrenzyな「逆上男」なのです。
どうにも救いのないこの映画の陰惨さを救っているのが、捜査に当たるオックスフォード警部の妻。同じ女性でありながら、彼女をみつめるヒッチの視線は温かくユーモラスです。英国人でありながらフランス料理に夢中になっているこの平凡な主婦の女の直感が、この前代未聞の連続ネクタイ殺人事件を解決に導くのでした。
筆一本生きることの悲惨と栄光 茫洋
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