Wednesday, February 09, 2011

スピルバーグ監督の「ジョーズ」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.89

避暑客でにぎわう海水浴場に現れた巨大な孤影ひとつ。スピルバーグは、すでに人肉の旨みを知った人喰い鮫に立ち向かう3人の男たちの死力を尽くした戦いを壮絶に描きます。

警察署長のロイ・シャイダー、鮫研究員のロチャード・ドレファスも個性的だが、観客にもっとも強烈な印象を与えるのは地元のあらくれ漁師のロバート・ショウでしょう。1本の銛を握りしめて船首に仁王立ちになり、獰猛な人喰い鮫の頭に投げつける雄姿はハーマン・メルヴィル原作の「白鯨」の主人公エイハブ船長に酷似しています。そしてエイハブがモービーディックと銛で戦ってその腹の中に消えたように、哀れ漁師もまた人喰い鮫の餌食になるのです。

大海原の主と1対1で繰り広げられる直接対決の凄まじさはこの映画のハイライトですが、その壮絶な戦いを観ているうちに、人喰い鮫は荒ぶる神やゼウスに、漁師は創造主への反抗を貫く反逆者ドン・ジョバンニ、あるいはプロメテウスのような神話の中の英雄のように思えてくるから不思議です。

しかしかつては世界中の海の王者として君臨し、かよわき人間どもを思いのままに喰い尽くしていたジョーズも、いまではその反対に餌食の人間から逃げ回る卑小で哀れな存在になり下がろうとしています。


エイハブの胸に迫りし白き牙明日はわれらの胸にも迫る 茫洋

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