Saturday, January 15, 2011

村上龍著「歌うクジラ下巻」を読んで

照る日曇る日 第403回


舞台は、少子高齢化と階級分化がどんどん進行した22世紀の日本です。

海外から移民を迎え入れて労働と人口の生産性の低下を防ぎ、移民を含めた下層階級と中間層を一部の最上層と上層階級が国家全体を、階層別に効率的に管理運営する文化経済効率化運動が提唱されますが、2度にわたる移民内乱を弾圧し、階級矛盾を各階級の「棲み分け」とSW遺伝子の「適切な」配分とによって見事に解消したのが、最高権力者のヨシマツケンイチでした。

彼はまず各層の情報を完全に遮断し、警察力をロボットに託して絶対的な治安と秩序を獲得します。そして、たとえば100歳以上の最上層階級を高級老人施設や宇宙ステーションに移住させて幸福な長寿ライフをエンジョイさせたり、隔離施設に隔離した犯罪者の生命遺伝子を短縮・断罪したり、最大多数の労働者層が満足するだけの適切な所得を与えたりして、疑似的な「理想社会」のトバ口に立ったように見えました。

しかし表層の幸福に埋没したはずの最上層と上層の住民は、刺激のない日常に倦怠して生殖率がいちじるしく低下し、総合精神安定剤を乱用して幼女を誘拐・暴行・殺戮するなどの性的倒錯と性犯罪に溺れるようになります。

このままでは遠からずアッパー・ブライテスツが消滅してしまう。移民の人口急増が階級ヘゲモニーの全面的転倒につながる危険を察知したヨシマツは、SW遺伝子を持つひとにぎりのエリートを下層階級の女性とノルマを与えて交接させ、優良遺伝子を授けられたヤングゼネレーションを純粋培養しようなぞと決意するのですが、実効が上がりません。しかし主人公のアキラの実の父親は、もしかするとヨシマツかもしれないのです。

けれども、科学技術の粋を駆使してつなぎとめられてきたこの最高権力者のネットワークに、いまや重大な危機が迫っていました。日本を完璧に支配してきたこの男の権力を持続するためには、生命力にあふれる若者の知的な脳が必要だというのです。父を尋ねて遥か宇宙を二万マイル。果たして主人公アキラの運命やいかに? おあとは本巻を読んでのお楽しみ。

ダンテの「神曲」とソポクレスの「オイディプス王」にならいつつ、人類の悲劇的な未来史像を骨太に提示した著者の意図は、全篇覇気に満ちた壮大な企図として称賛に値しますが、全知全能を傾けたその理論的考察とファンタジーとの有機的な調和がいま一歩果たされていれば、著者がめざす平成版「夜の果ての旅」の境地に到達したのではないでしょうか。


智に働けば角が立つ情に掉させば流されるとかく村上小説は難しい 茫洋

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