Wednesday, January 12, 2011

村上龍著「歌うクジラ上巻」を読んで

照る日曇る日 第400回


同じ村上でもハルキさんが大活躍なのにライヴァルのリュウさんはつまらん経営者PRテレヴィにばかり出ていったい何をしているんだろうと思っていましたら、どっこいすんごい小説をひそかに書き続けていたんですね。

 つねに時代の最先端で揺曳する政治、経済、社会、文化問題の本質にずぶりと切りこんで、愚かな私たちをあっと言わせて蒙を啓いてみせてくれる著者ですが、今回は22世紀の日本および日本人をテーマとする気宇壮大な超未来ファンタジーを繰り広げてくれました。

紀元2022年のクリスマスイブに、グレゴリオ聖歌を歌う推定1400歳のクジラがハワイ沖で発見され、そのクジラちゃんの細胞から不老不死の機能を備えたSW遺伝子が発見されるところからこの希代の空想とリアルが合体された物語が始まります。

私は第1章の38頁に書かれたこのらちもない記述にあきれ果て、「フィリップ・K・ディックならもっと巧みな導入をするぞ!」と叫んで、本書をゴミ箱に投げ入れ、およそ1週間放置していましたが、どうにもその先が気になってまたまた手に取ったのですが、著者が入念に仕掛けたはずのこの種の強引な設定に乗れないまま、読書を放棄する読者もさぞ多いことでしょう。

さて長年の夢をついに叶えた人類は、一方ではノーベル賞受賞者や高い知能・才能の持ち主の寿命を延ばすとともに、大量殺人者や凶悪性犯罪者あるいは反社会的人物の老化を促す医学的刑罰を下して現世からの急速な退場をもくろむようになります。

この物語の主人公のアキラの父親も、SW遺伝子処分を受けて幽閉され、処断された「新出島」の住民なのです。亡き父親がアキラのICチップに書きいれた秘密指令を実行するべく、身体障碍者のサブロウと共に厳重に隔離された「新出島」を脱出することに成功した2人の少年を待ち構える、異様な世界の異常なピープルの正体は果たして何か?!

読者はたちまちキッチュでポップなジェットコースターに乗せられ、どこへ連れられて行くのかまったく予測不可能な旅に拉致されてしまうのです。著者が予告する「22世紀版神曲」の遍歴は、いま始まったばかりです。


けふも悲しい顔をしておった不老長寿の老人 茫洋

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