Saturday, May 09, 2009

ビリー・ワイルダーの「昼下がりの情事」を見る

闇にまぎれて bowyow cine-archives vol. 3

日本の男のオードリーは大嫌いですが、ベルギーで生まれた英国人女性のオードリーは大好きで、時々その映画を楽しんでいます。

ヘプバーンの代表作はなんといってもウイリアム・ワイラー監督の「ローマの休日」ですが、名匠ビリー・ワイルダーによる「昼下がりの情事」も感動的なクライマックスを楽しむことができます。

いま青春の最初の花を咲かせようとしているヒロインは、パリ・コンセルバトワールでチエロを学ぶ音楽少女です。いつもチエロを持っているオードリーは、さしずめディアナ・タービンのパリ版というところか。その前に突如現れ出でたるはいままさに中年の盛りを過ぎたロマンスグレーの女たらしゲーリー・クーパー。パリはオテルリッツの4号室で貸し切りのカルテットが奏でる甘い「魅惑のワルツ」の音楽に合わせて謎のヴェールの女と踊る水も滴る色男です。
ところがこの海千山千のプレーボーイ、ほんの一夜の慰みに軽く遊んで捨て去るはずが、うぶな少女の下手な芝居にひっかかって本気で恋してしまう。もとより女は初めての恋に無我夢中。危険な火遊びの末路を案じた父親(探偵です)の警告に従って、男は断然リヨン駅で別れようとするのです。

少女はつぶらな瞳に大粒の涙を流しながら愛する男を追いかける。煙を吐いて加速する列車。あなたがいなくなっても男なんて11人もいるのよと強がりを言いながら懸命に追う女。タラップの上で激しく迷ういながらその姿をじっと見つめる長身の男。

そして絶望と悲しみに引き裂かれながらも一途に男を追わずにはいられない純情可憐な小鹿のバンビのクローズアップ! こんな姿を見せられて鬼神も泣かずにおらりょうか。

あわやプラットホームが尽きようとする刹那、その時遅く、その時早く、男は女を救いあげて汽車の中に引っ張り上げる。ここで引っ張り上げなきゃ、男ではありません。また引っ張り上げなきゃ、映画ではない。

そこで男ははじめて「アリアーヌ!」と女の名前を呼びながら接吻をするのですが、キャメラは彼女の大きな右の眼が、絶望から驚き、次いで信じられない歓喜へと変わりゆくありさまをじっと映し出すのです。

するとこれはまたどうしたことでしょう。いつの間に現れたのか、あのお馴染みの四重奏団が「魅惑のワルツ」を奏で、これまたなぜか登場した父親が、幸福な娘の姿を見届けて笑っている。
とうとう結婚することになるカップルを乗せて、汽車は出てゆく、煙は残る。めでたし、めでたし。あまりといえばあんまりなご都合主義なのですが、これがワイルダーの映画さばきなのです。

さらに私たちはこの映画で1961年に60歳で亡くなったこの名優の早すぎた晩年の、ちょっとやつがれた艶な風情をたっぷり味わうことがきます。上り坂の人と下り坂の人、若ものと老人、これから花の盛りを迎える女とまもなく悲惨な老年を迎える男。この2人を待っているのは、いかなる運命でしょうか。そんなことは百も承知のワイルダーは、この大きな年の差を乗り超えた奇跡の愛が成就したパリの昼下がりを見事に創造したのです。

最後にこの映画の唯一の欠点を強いてあげるなら、楽劇「トリスタンのイゾルデ」の上演中に案内嬢に先導されてクーパーと美女が入場してきて劇場の最前列の座席につくシーンでしょう。これは映画ならともかく、実際には絶対に許されないことです。


♪こんにちはと誰もが挨拶交わし合う朝比奈峠を行き来する人 茫洋

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