♪音楽千夜一夜第66回
休日の雨の日、ベルリオーズの4時間になんなんとするオペラの超大作「トロイ人」をビデオで鑑賞しました。
この長大なオペラの原作はローマの詩人ヴェルギリウスの「アエネイス」です。これはギリシア神話に出てくるトロイ戦争をめぐるトロイ人たちの悲劇を描いた物語で、トロイの騎士アエネイスがギリシア軍のトロイの木馬による陰謀で敗れた故国を後にしてカルタゴに漂着し、この国の女王ディドーと恋に落ちるのですが、やがて神々の命に従ってイタリアに向かい、ここでローマを建国することになる。いっぽう恋人と引き裂かれたディドーはアエネイスを呪い、後継者ハンニバルによる復讐を予言しながら自刃して果てるというお話です。
私が見たのは03年10月パリのシャトレ座におけるライヴ公演の録画で、指揮はエリオット・ガーディナー、演奏はオルケストル・レヴォルショネール・エ・ロマンティークです。指揮と演奏はまずまずというところ。肝心要の歌手ですが、全5幕の前半をもっともはなやかに歌いきったのはトロイの王女カサンドラ役のアンナ・カテリーナ・アントナッチさんで、この人は歌が上手なだけではなくて美人でした。
ちなみにカサンドラはトロイ王プリアモスと女王ヘカベの間に生まれ、長兄があの英雄ヘクトル(志賀直哉の愛犬の名前がこれ。さすが直哉さんと思ったものです)、次兄が軽薄極まりなきトロイ戦争の元凶パリスです。カサンドラは有名な預言者なのにゼウスの愛を拒んだために誰からも耳を傾けられず、トロイ陥落の際にアテナ神殿でアイアスに凌辱され、アガメムノンに拉致されてミュケナイに連れて行かれた挙句に、アガメムノンともどもクリュタイムネストラに惨殺されてしまいます。
彼女にはこれらの悲劇的な末路がぜんぶ分かっていたことを思うと、その短い生涯が哀れでなりませんが、そんな彼女のためにベルリオーズは美しいアリアを書いてやりました。
後半のヒロインはカルタゴの女王ディドー役のスーザン・グレイアムさんです。彼女も歌はそれなりに上手ですが、美貌度も含めてアンナ・カテリーナさんには一籌を輸するといわざるを得ないのが悲しいところです。全体を出ずっぱりのアエネイス役のグレゴリー・クンデさんもヤンス・ニコスさんの演出ともども可もなく不可もなしといったところでした。
このオペラの演奏はレバインさんやデユトワさんのもあるようですが未聴。おそらくそれらの方が楽しめるでしょう。でもいちばん聴きたかったのは、今は亡きシャルル・ミュンシュさんでした。なんといってもこの天才的指揮者のベルリオーズは最高です。
最後にベルリオーズさんに一言。あんたはオペラが下手くそだ。それに五幕四時間半はいくらなんでも長すぎる。特に四幕のくだらない舞踊はカットしたほうが良かった。その代わりにもっと交響曲を書くべきでしたね。
戦争を構える理由は多々あれど止める理由はただ一つしかなし 茫洋
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