ふあっちょん幻論第25回
1789年のフランス革命では国王・貴族・僧侶以外の第3階級=市民階級が台頭した。彼らはバスティーユ監獄を襲撃し、ルイ16世とマリー・アントワネットを処刑し、国民公会による共和制政府を樹立した。
この蜂起の主役たちをドラクロアの名画「民衆を導く自由の女神」で観察してみよう。画面に登場する庶民派・労働者の戦士たちはすべて長ズボンのサンキュロット(sans culotteあるいはパンタロンpantalon。丈夫で安価な直線裁ちの簡素なズボン)をはいている。
キュロット(culotte半ズボン、ブリーチズ)をはいた貴族・ブルジョワ階級の独裁を、怒れるサンキュロットたちが実力で打倒したのがメンズ・ファッションにおけるフランス革命であり、このためにフランス革命を「サンキュロット革命」ともいう。
しかしフランスの共和制はロベスピエールらによる5年間の恐怖政治、ナポレオン・ボナパルトによる帝政と欧州征服の15年間を経て弱体化し、代わって産業革命をいち早く経験した英国が19世紀初頭に覇権を確立する。
そして19世紀中頃になると、現代のスーツの原型であるサックススーツが登場した。
このスーツの原型についてはハーディー・エーミス卿などが唱える乗馬服説と室内着ラウンジスーツ説の2説があって対立している。どう見ても下にキュロットはいた乗馬ジャケットがスーツの原型とは考え難く、後者の楽なラウンジ説が有力であるが、いずれにしても上下のユニットの下のパンツはサンキュロット・スタイルである。
フランス革命は、近代の政治経済社会の礎石を築いたが、同様に西欧衣服史のあざやかなメルクマールでもあった。市民革命と西洋のメンズスーツを創造したサンキュロットたちは、自由で自立した個人の原型であり、ここに歴史上はじめて市民(シビライズドマン)が誕生したともいえよう。背広=市民服=civil clothingというテーゼが、近現代を貫く衣装哲学であることを、世のリーマンたちはいっときも忘却してはならない。
♪サンキュロットたちを仇やおろそかにすれば罰が当たるぜよ 茫洋
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