Sunday, November 16, 2008

マーク・ストランド著・村上春樹訳「犬の人生」を読んで

照る日曇る日第188回

著者は一九三四年、カナダのプリンス・エドワード島生まれ。アメリカ現代詩界の代表的存在だそうであるが、彼の初の短編小説集が本書である。

当たり前のことであるが、短編はともかく短いから長編と違ってすぐに読めてしまうのがよい。この本に集められた作品の多くは短編というよりは掌編というべき短さなのですらすらと読めてしまうのだが、プロットも文体も普通の小説家のものとは相当違っているので大いに面喰う。

例えば表題作では「ヴラヴァー・バーレットと妻のトレイシーは、キングサイズ・ベッドに横になっていた」という素敵な書き出しから始まり、「彼がそのとき口にしたことは、もう二度とふたりのあいだで持ち出されることはないだろう。それは慎み深さ故でなく、あるいはまた相手を思いやってのことでもない。そのような弱さの露呈は、そのような抒情的なつまずきは、あらゆる人生において避けがたいことであるからだ」というところで終わるのだが、その間わずか新書版サイズの本で五ページにも満たない短さである。

しかし、この最短距離で慌てず騒がずゆったりと語られる西洋版「父母未生以前」の物語のなんと神秘的でなんと喚起的で、なんとシリアスなことよ。目が眩むような幻想と氷のような冷鉄の相反する世界を男女の背中越しに魔術的に貼り合わせている。

もちろんそのほかの作品もとても興味深いものがあるのだが、ここまで書いてきて分かったことがある。それは彼の作品が他の短編作家と違うのは、最後の一行、最後の一句で完結しない、ということだ。いかにも詩人が書いた小説である。


♪残金は3万円と息子いう 茫洋

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