Saturday, January 05, 2008

G・ガルシア=マルケス著「迷宮の将軍」を読む

照る日曇る日第85回

ラテンアメリカ諸国の統一を夢見て1830年、サン・ペドロ・アレハンドリーナの別荘で47歳の生涯を終えた偉大な革命家であり、軍人であり、政治家であり、詩人であり、歌手でもあったシモン・ボリバールが本作の主人公である。

現在のベネズエラのカラカスに新大陸でも屈指の名家の末子に生まれたボリバールは、その生涯の大半を国内の敵対者や占領者のスペインと戦いながら、1819年36歳の暮れには現在のベネズエラ、コロンビア、エクアドルを統合した大コロンビア共和国を創設し、国会によってグラン・コロンビア共和国大統領に選出される。

しかしスペインのみならずアメリカ帝国主義に対峙する巨大な南米共和国連合を目指すこの理想主義者の美しい夢は、相次ぐ内外の分離主義者の敵対と裏切りと反乱に遭遇して次第に蝕まれ、政治的にも軍事的にも後退を余儀なくされ、彼の孤独な死によってついに完膚無きまでに潰えたかに見えた。

しかしその後欧州連合の成功に刺激されたMERCOSUR(南米南部共同市場)の大同団結は、ある意味ではシモン・ボリバールの理念と理想の21世紀版ともいえるだろう。ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイ、ベネズエラで構成されたMERCOSURは、人口2億5千万、GDP1兆ドルの実力を備え、アメリカ、カナダ、メキシコのNAFTA(北米自由貿易協定)国と熾烈な競争を繰り広げているのだから。

1989年に発表されたこの小説において、マルケスは長期にわたる取材と膨大な資料の渉猟、研究をつうじて実在した英雄の生涯の最期に肉薄し、「なぜシモン・ボリバールが死に至る病に冒されていたとはいえ、過酷な政治と現実との戦いから逃避し、すべてを放擲するようにして自滅していったか」という謎を明らかにしようとしたが、その執拗なまでのエネルギッシュな追求が、将軍の心の闇に潜む迷宮の秘密を解明することに成功したとは言いがたい。

しかしながら、この小説の冒頭で、

「古くから仕えている召使のホセ・パラシオスは、薬湯を張った浴槽に将軍が素っ裸のまま目を大きく見開いてぷかぷか浮かんでいるのを見て、てっきり溺れ死んだにちがいないと思い込んだ。それが将軍の瞑想法のひとつだということは分かっていても、恍惚とした表情を浮かべて浴槽に浮かんでいる姿を見ると、とてもこの世の人間とは思えなかった」

というくだりを一瞬でも目にした読者なら、たとえ途中で日本列島に大隕石が激突し、関東大震災が再来し、悪夢の2党大連合が実現し、原節子と山口百恵が2人そろってカムバックして仲良く共同記者会見したとしても、最後の最後まで読み続けようと願うに相違ない。


♪道野辺の木の葉を拾いて河に捨つ愚かな人と蔑むなかれ

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