Saturday, October 13, 2012

「古井由吉自撰作品七」を読んで




照る日曇る日第544

この巻では、1992年の「楽天記」と2002年の「忿翁」の、いずれも新潮社から刊行された2冊の単行本を収録している。

後者の中の短編「枯れし林に」は、葉を落とした冬の雑木林とそれらを構成している楢や欅の厳しい風雨に耐えている姿態と屈曲についての精緻な観察から始まり、やがてその孤独な樹木を象徴するような中年の主人公が登場する。

電車の中で手帳に記したメモをどんどん消去している男を見た夜、主人公は帰宅してからどんどん私物を整理し始める。ノートや雑誌、書類や手紙はもとより大中小の衣類に至るまでどんどんビニール袋と段ボールに詰め込んでいると、はじめはあっけにとられていた男の細君も一緒になって深夜の大掃除が明け方まで続くのである。

この小説で会社の不祥事に巻き込まれていた男は、このように一夜にして身辺を整理した後で、結局は自裁して果てるのだが、物を捨てるには勇気が要る。

それは物たちが自分が生きてきた過去の記憶と密接に繋がっていて、たとえ些細な物を捨てても、それは現在の自分を今も形づくっている大切な生きた過去を裁断し放棄し殺戮する行為だからである。

だから人はその裁断と放棄と殺戮に見合う、あるいはそれを凌駕する価値をどこかに見出すまではけっして物を捨てようとしない。数年前に父の唯一の遺品であるくたびれた鞄を、その中に収められていたたった一枚の彼の名刺とともに処分したときにも、私は改めてそのように思った。



古井由吉撰集パタリと閉じて思う中年男の妄想の凄まじさ 蝶人

思い出をひとつ殺してまたひとつ生みだしながら今日も過ぎゆく 蝶人

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