Friday, October 12, 2012

高校生になった日




バガテルop160 鎌倉ちょっと不思議な物語262


待てど暮らせどクライアントからの仕事の依頼の電話は鳴らなかったので、久しぶりにバスに乗って駅前まで出かけた。

つい先だってまで油蝉が末期の歌をうたっていたのに辻のあちこちで薄の穂が出てすっかり秋の景色となっている。知らない間に屋敷が取り壊されたり、レストランが廃業したり、新しいビルジングが建ったりして、まるで見知らぬ街のようだ。

そうこうするうちに私もどんどん歳を取って時代から取り残され、親しい友も無く、寂しい死を迎えるのだろう。東急ストアで黒と茶の靴墨を買い、「鎌万」で6個300円の和歌山柿を買い、帰りのバスに乗った。

八幡宮の前にさしかかると、修学旅行の生徒たちが大勢歩いている。私の後ろに座った若い男女の話声が聞こえてきた。

「あいつら中学生かなあ? それとも高校生かなあ?」
「女の子を見てもわかんないよ。男の子を見なきゃ」
「男の子? どうして分かるの?」
「男子はね、高校生になったその日から突然背がシャキッと伸びて、肩幅がズーンと広がるの」
「へええ、初めて聞いたなあ。それってどこの高校へ行って調べてきたの?」
「どこで調べたって? あんたって馬鹿ねえ、そんなの見れば分かるじゃん」
「……そうか、見ればわかるのか」

二人は楽しそうに笑っている。けれどもいかに人生が長くとも、こういうどうということのない会話を交わせる相手と時期は限られていることを、恐らく彼らは知らないだろう。浄明寺のバス停で降りてゆく二人を見ながら、私は彼らの幸せを祈らずにはいられなかった。

究極の幸せとは人に愛され人に褒められ人の役に立ち必要とされること 蝶人

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