闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.325
カナダの女流作家モンゴメリ原作のこの映画を初めて観たのは、確か80年代後半の松竹富士の試写室だったと思うが、はじめからしまいまで涙涙でスクリーンがかすんで試写が終わってもしばらくは席を立てなかったことを思い出した。
ちょうど同じ頃「ローマの休日」のニュープリントによる試写が新橋のヘラルド映画で行われ、その時はヘプバーンが、「いいえ、ローマです」と有名なセリフを吐いたあたりでググググワアとばかりに一人号泣してしまったので、思えばこの頃はわたくしの神経が少々おかしくなっていたのかもしれない。
ところがあれからおよそ四半世紀が過ぎたと言うのに、デジタルリマスター版のこの「赤毛のアン」を観ていると、またしても滂沱の涙が落下して感想文を書くどころの騒ぎではない。思うにここに出てくるアンの養父が亡くなった私の父に似ており、養母がまた母なる者の普遍性を体現しているからだろう。
もとより主役の赤毛のアンも正直で率直で可愛らしくてとてもいいのだが、親切な女の先生とか「心の友」ダイアンの伯母さんなどの脇役がみな基本的には「いい人」なので、それが私の安っぽい涙腺を刺激するのだろう。
そういえば寅さんを観てもだいたいこういうことになるのは、きっと私が徒に馬齢を重ねたからだろう。
往年の大スタア次々に逝くめれどわが原節子のみ永遠に生くらむ 蝶人
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