Wednesday, February 01, 2012

吉川一義訳プルースト「失われた時を求めて3」を読んで

照る日曇る日第488回

スワンとオデットの恋が冷める果て凡庸そのもののサロン生活が開始されると、彼らの娘オデットと主人公との恋物語が延々と繰り広げられる。

そして知的な男性の片割れであるところの私は、スワンと同様その常として相変わらずおのれの前頭葉でひねくりまわした恋人の幻像に翻弄され、疲労困憊し、とうとう念願の恋を成就することなく自縄自縛に陥って自爆する。浅はかと言うも愚かで哀れな男子の所業である。

恐るべきは著者のその真情と心情に対する通暁であって、これはやはりみずからの恋愛体験とその心理的解剖の微分積分のなせるわざであろう。頁をはぐって読むだに恐ろしく涙ぐましい所業の数々がミクロの決死圏で描破され、当時の巴里の社交界ではこういう恋愛ごっこが競うように実践されていたことをうかがわせる。

されど虚飾と退廃の陰に咲く絵画や文学や演劇への愛はつねに私たちをこの世の果てへの旅に誘う。フェルメールの恐らくは最初の理解者であったプルーストのするどい審美眼が、この奇跡の書物を誕生させたのである。


どうしようもなく牡どうしようもなく牝  蝶人

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