Saturday, February 04, 2012

角田光代著「空の拳」を読んで

照る日曇る日第491回

日本経済新聞の夕刊に連載されていた拳闘小説がついに大団円を迎え、私は感動と一掬の涙と共にその最終回を読み終わった。小説を読んで感動の涙を流したのは遠くはロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」、近くは高橋源一郎の「官能小説家」以来だから久しぶりだが、涙は小説以外でも毎日のように大量に噴出させているからたいした話ではありませぬ。

それよりも角田光代は凄い。なんたって女だてらに草食男も三舎を避ける後楽園ホールへ日参して見事ボクシング小説を書きおおせたのだから。

ジャブ、ジャブ、ストレート、アッパーカット!

リングの上では血湧き肉躍り、鍛え抜かれた肉体と肉体が激しく切りむすぶ。
主人公の立花はじめこの未聞の格闘技に魅入られた無名の青年たちが黙々と真剣勝負に挑む姿を、著者はやわな編集者空也の視線を借りてなんと生き生きと、美しく、チャーミングに造形することに成功したことか。

 立花のトレーナー、萬羽の姿もかの丹下段平をそこはかとなく忍ばせ、これは名作漫画「あしたのジョー」の平成小説版かと思う読者もいるだろうが、これはもっと身近でもっと切なく、もっともっと卑小な人間が精一杯戦い、生きる姿がいとおしくなるような、そんな素敵な現代のロマンなのである。

ジャブ、ジャブ、ストレート、アッパーカット!

この作品を通じて角田光代は、苦難に満ちた現代の日本に生きている私たちに力強いエールを贈ってくれたと言うべきだろう。それにつけても、一日も早い単行本化が待たれる。 


ジャブ、ジャブ、ストレート、アッパーカット! さあ生き抜くんだ俺たち!! 蝶人

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