照る日曇る日 第393回
身から出た錆びの性欲肥大の罪障によって配流された明石から見事京に帰還した源氏は、その後いかなる運命のいたずらか、とんとん拍子に位階人臣を極め、六条の広大な敷地に泉水、庭園、美女、下人、牛馬を備えた大邸宅を構えて、東西南北の要所要所におのれの女を住まわせます。源氏時に三六歳、思えばこの時がかれの生涯の絶頂期だったのではないでしょうか。
東南の春の御殿には正妻の紫上、西北には配流の地で調子よくモノにしたちょっとローカルな味がイケてる明石の姫君、夏の屋方には酸いも甘いも嚙み分けた浮かれ者の超ベテラン熟女花散里、(私はこのひと大好き!)、西の御殿には宿命のライバルである権中納言(ほら昔雨夜の品定めに興じていた頭中将ですよ!)が夕顔に生ませた鄙育ちの美女、玉鬘、そして西南に位置する秋の御殿にはなんと冷泉帝の中宮にして六条御息所の娘である貴婦人、梅壺までもがどういう風の吹きまわしだか拉致されて侍っており、われらが主人公の夜の訪れを心待ちにしているというのですから、こりゃたまりません。いくつ身体があってもタラない、というまことに男冥利に尽きる話です。
かててくわえてそれまで源氏が棲息して夜間活動を享楽していた二条邸の拠点には、これまでもいろいろ出入りのあった空蝉や末摘花選手など、いまや天然記念物、絶滅動物並みの遭遇となった源氏との逢瀬を、今か今かと待つ望んでいるというありさまなのです。
しかし蝶と花の命はあまりにも短かくて、その得意の絶頂も長くは続きません。うららかな春夏の後には、心さびしい人生の秋冬が、ほれ、もうすぐそこまで忍びこもうとしているのでした。
この世の権力と快楽のすべてを味わい尽くした色男の頂点を、これ以上ない華やかさで描き尽くしておいて、やがてガツンと地獄へ突き落す。世界最高の小説家、紫式部の剛筆が、残酷なまでに鮮やかに冴えわたるのです。
紅白のさざんかに埋もれ冬籠り 茫洋
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