Friday, December 03, 2010

「車谷長吉全集第三巻」を読んで

照る日曇る日 第390回

一か月がかりで大部の「車谷長吉全集第三巻」をやっとこさっとこ読みあげて次のようなことが判明した。

車谷長吉は、常に頭陀袋と抜き身の剣をぶら下げた平成最後の文士である。

車谷長吉は、人生の本質は淋しさであり、その淋しさは人が他の動物と違って死ぬことを知っているからだということをよく知っている。

「人は生きながらにしてすでに死人であり、それが人間の悲しみである」(『物狂ほしけれ』より引用)

三人の嫁はんと姦通し、反近代主義者を標榜する車谷長吉は、いつも猿股を穿き、ズボンの社会の窓を開けていて、時々三省堂書店の前で立ち小便をする。

車谷長吉は、死ぬまで「四苦八苦」するのが人の世であると思うている。
「四苦八苦」とは生・老・病・死の四苦に、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦の四苦を加えたものである。ちなみに五陰とは、色・受・想・行・識をいう。

車谷長吉の唯一の楽しみは、本郷の自宅で飼っているクワガタムシやウシガエルに昔風の名前を付けて、四帖半の畳の上に放して一緒に遊ぶことである。

48歳の車谷長吉は浅草で「わたし貧乏でもいい、しみじみした生活ができれば」というてくれた49歳の女(詩人の高橋順子)と結婚した。ともに初婚であった。長吉は朝寝している妻のパンツをそっとひきおろして、そのやわらかな尻の隙間を見ることがある。

そんな車谷夫妻は、高浜虚子の勧めで俳體詩「童謡」をホトトギスに書いた夏目漱石を近代日本最高の詩人だと考えている。その詩とは次のようなものである。

源兵衛が 練馬村から
大根を 馬の背につけ
御歳暮に 持て来てくれた

源兵衛が 手拭でもて
股引の 埃をはたき
薹どこに 腰をおろしてる

源兵衛が 烟草をふかす
遠慮なく 臭いのをふかす
すぱすぱと 平気でふかす

源兵衛に どうだと聞いたら
さうでがす 相變わらずで
こん年も 寒いと言った

源兵衛が 烟草のむまに
源兵衛の 馬が垣根の
白と赤の 山茶花を食った

源兵衛の 烟草あ臭いが
源兵衛は 好きなぢぢいだ
源兵衛の 馬は悪馬だ


最後に車谷長吉は、世にいう「福澤心訓七則」を心の掟にしている。

世の中で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つことです。

世の中で一番みじめなことは、人間として教養のないことです。

世の中で一番さびしいことは、する仕事のないことです。

世の中で一番みにくいことは、他人の生活をうらやむことです。

世の中で一番尊いことは、人のために奉仕し、けしって恩に着せないことです。

世の中で一番美しいことは、すべてのものに愛情を持つことです。

世の中で一番悲しいことは、うそをつくことです。


車谷長吉は、上の七カ条のうちで一番難しいのは、「すべてのものに愛情を持つこと」だと言うておるが、私も同感だ。


喰うてひりつるんで迷ふ世界虫 上天子より下庶人まで 司馬江漢

痩我慢しながら野に生きし福澤諭吉の七つの教え 茫洋

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