照る日曇る日 第392回
現在のチェコに生まれ、1997年の2月3日に病院の5階から鳩に餌をやろうとして82歳で転落死した作家が、ある夏の日に激しい日差しにさらされながら3週間で一気阿成に「アクアション・ライティンング」したカタリが本書です。
主人公はナチ侵攻中のプラハでホテルの給仕をする小男なのですが、読めばわかるように別に給仕でなくとも成立する話、いな小噺です。ホテル・パリの名物給仕長は英国王に給仕したのですが、この小説の主人公はエチオピア王に給仕する栄誉と勲章に輝く。
しかしだからどうってこたあないのです。チェコ人でありながら、憎き仇敵であるドイツ娘と愛しあって、その所産としてあらゆるものに釘を打つしか能のない障碍児ができたり、その絶世の美人が爆弾でぶっ飛ばされて首だけがどこかへ消えてなくなったりする。
この地球のどこか遠いところに隠れ住んで、犬や猫やヤギやポニーたちと仲良く暮らす主人公は、私のような田舎者には理想に近い生き方とうつります。
死んじまったら小さな丘に埋めて欲しい。時と共に地面に溶け込んだ残余物がほうぼうの小川から流れ流れて黒海と北海に流れ込み、その2つの流れがそれぞれ大西洋に注ぐようにしてもらいたい、とモノガタリの主人公に語らせる著者を私は嫌いではありません。
ある夏のひと月、サルバドール・ダリの「作られた記憶」とフロイトの「挟みつけられて動きがなくなっていく情動を、カタリりで流出させていく」精神で、頭に浮かぶ由なしこと、根も葉もないことどもを、これでもか、これでもかと描き続けていった誇大妄想狂の記録を、あなたにもぜひ手にとっていただきたいものです。
そういえばそういう人もいたわねえなどいわれつつ静かに消えたし 茫洋
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