照る日曇る日第151回
「アフリカの日々」を読んでいて、これはいつかどこかで見聞きした話だなと思っていたら、やっぱりロバートレッドフォードがかっこよく死んでいったあの愛と哀しみの「アウト・オブ・アフリカ」の原作だった。しかし映画ほどあまっちょろくはない。映画はメロドラマだが、こちらは文字通り土着のアフリカへのつきせぬ共感と愛そのものが美しく正確な文章で淡々と綴られていく。
作者はデンマーク人女性というので驚くが、独立前のケニアには英国やフランスンなど多くの西欧人が入植していたという。白人の植民地にはもちろん土着のスワヒリ族、マサイ族がソマリ族、それにアラブ人が連れてきたソマリ族も住んでいて、雄大な大自然を舞台に様々な国籍、人種の人々がほとんど神話的な物語を営んでいたようだ。そこでは太鼓が打ち鳴らされて村人たちの激しいダンスが始まり、ライオンやキリンや牛や馬たちが部族の族長たちと戦い、神々と人間たちと動植物が渾然一体となって不可思議な交歓を楽しむ。
もとより愛と音楽もかけては入ない。
レッドフォードに相当する人物は、この小説には登場しないが、強いていえば彼女に空から見るアフリカの素晴らしさを満喫させて結局は飛行機事故で墜落氏を遂げたデニスだろうか。映画では野宿する2人のテントに鳴り響いたモーツアルトの23番のピアノコンチエルトが印象的だったが、デニスは、「ベートーベンもあんな風に俗悪でなければ我慢するんだけど」と著者に語るような実にものの分かった男だった。
私はいまちょうどベト氏の全作品を聞き終わったところだが、この人はバッハやバロックの時代の音楽家、あるいはハイドンやモーツアルトに比べても成り上がり者の音楽で、それは必ずしも悪口ではないのだが、やはりお上品さなぞ微塵もない音楽と言わざるを得ない。
2人がライオンを撃つところ、2人がアフリカの大空からバッファローを見るところは素晴らしい。
それはそうとアフリカの老人は知恵がある。「ベニスの商人」のシャイロックの言い分はまったく正しいというのだ。(これは私も同感)問題は血であるが、老人はアントニオの胸に真っ赤に焼けたナイフを差し込めば血は1滴も出ないし、一ポンドになるまで計りながら少しずつ切り取れば苦痛は激しく正確にカットできると主張するのだが、少年時代の演劇でアントニオを演じた私にはことのほか興味深かった。
♪ウイルスに冒されし傷は深くしてブログの夏はとく去りにけり 茫洋
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