Monday, August 04, 2008

桐野夏生著「東京島」を読んで

照る日曇る日第146回

おそらくは東シナ海にある孤島東京島に吹き寄せられた日本や中国やフィリピン人たちが繰りひろげる真夏の夜の夢のような一場の戯画であるが、メンデルスゾーンの夢幻世界と違うのはそれがまぎれもなく私たち現代人に親しい夢魔の世界であることだ。

東京島はロビンソンクルーソーが漂流した絶海の孤島の比喩でもあり、日本やアジアの国々や国民が直面している政治的、経済的、社会的、文明史的状況の象徴であり、男と女の性的関係の極限状況の縮図でもある。

遭難や緊急一時避難やらで余儀なくこの狭い東京島に暮らすことになったそこいらにうよいよしている私のようなくたびれ果てたフリーターや大工見習いや主婦やライターや学生や歌手やダンサーたち。それらはみんな普通の人々である。

彼らは人工の衣装や文明文化を奪い去られて原始に還る。おのがじしの肉体と思想だけに依拠せざるを得なくなる。

徹底的に解体されて原子に還る個、結合されて原始的宗派や党派として再組織化されていく共同性の中の個。それらの共同体の内部と外部ではじまる分裂と敵対と戦いが、はるか彼方のスペースシャトルから俯瞰遠望された21世紀の生物化学実験、iPS細胞を使った生命文化の再生実験のように精密に描写される。

著者は、時代閉塞の現状にあえぐわたしたち現代人のいくつかのサンプルを拉致し、プレパラートに乗せて人類黎明期の人工舞台に放ち、そのやっさもっさの行状をするどく見据えようと試みようとした。

この文学的シミュレーションが大きな成功を収めたとはお世辞にもいえないが、物語の結末にどこかからある種の微光が差してくるところに、著者の未来への強い思い入れを感じないわけにはいかない。


♪わが子ながら毎日よく働いたね 施設のボーナス一四六〇円 茫洋

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