照る日曇る日第152回
小川国夫という人はどこか懐かしさを感ずる人だった。もういまではどこか遠くに行ってしまった古く懐かしい時代の息吹がそこここに感じられる。
この人の筆法は単刀直入で、物事の本質だけを短刀でグサリと心臓を抉るように墨痕黒々と楷書で書き下ろす。まるで全盛期の漱石の短編か志賀直哉の芸を見るようだ。
なにがまっとうであるかを定義することはできないが、この人のはまっとうな文章であり、まっとうな人柄であると感じられる。「文は人也」という言葉や宮本武蔵の剣の技を突然思い出したりするのである。
氏は最晩年に日経の夕刊で短いエッセイを連載していたのだが、私はこれにどういうわけだかひきつけられ、毎晩読んでいたのだが、それらを一堂に集めたのが、この本だったと読んでいるうちにわかった。
連載ではその他の著者がみないわゆるエッセイを書いているのに、この人だけは短編の、それも超短編の小説を勝手に書いているのがとても印象的だった。
最後におかれた南仏カマルグの物語が、やはりもっとも心に残る。ここはミディの湿地帯であり、たしかキャシャレルというフランスのブランドを起こした実業家ジャン・ブスケという男の出身地がここいらであった。ブスケも朴訥な南仏の田舎者であった。
♪逝く夏やあまたの栗を拾いけり 茫洋
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