Friday, April 25, 2008

日高敏隆著「チョウはなぜ飛ぶか」を読む

照る日曇る日第118回


私は昔からチョウが好きだった。私自身やあまたの人間どもよりもずっとずっと好きだったし、その思いは近年ますます強まってくるばかりだ。
そしてたまたまこの本を手にとってみると、普段自分がいかに自分自身にとってどうでもいい種類の書物に惰性で目を晒し続けて貴重な生の時間を無駄にし続けているのかが痛感される。

さて本書である。奇妙なことには表題の「なぜ飛ぶか」という問いに対する答えはまったく書かれていないが、チョウがなぜ一定の道、「チョウ道」を飛ぶのかという問題への相次ぐまっすぐな問いかけとその問いに対する実験と考察、その動物行動学の試行錯誤が元昆虫少年のつぶらな瞳で一瀉千里に書かれていて気持ちがいい。

私は「チョウ道」はすべてのチョウにあると思っていたが、実際はキアゲハを除くアゲハ類にだけそれがあると著者は言う。ヨーロッパの代表的なアゲハはキアゲハなので、かの地にはチョウ道が存在しないというのも初耳だった。(しかしいま私がもっとも関心を懐いているタテハチョウのそれについてまったく触れていないのは残念至極である)

チョウの雌雄の見分け方についても驚くべき報告がなされている。
モンシロチョウのオスは、人間には識別不可能な黄色と紫外線の混ざった色でメスを直ちに見分けるのであるが、アゲハチョウのオスはメスの黄色と黒のストライプがめじるしになり、それを目にするや否やオスは突進を開始し、(その軌跡が「アゲハのチョウ道」となるのであるが)いざ接近してもそれが目指すメスであるかはたまたライバルのオスであるかはまだ分からないので、まずは触手でさわってみる。黙って触ればぴたりと雌雄が分かる、というところまでは分かったというのである。
ゴキブリなども触手でにおいがわかるので、アゲハもにおいで雌雄を弁別しているのであろうということになる。

ところが、最後にアゲハチョウのメスの産卵のめじるしの実験で、それまで成功裏に着実に積み重ねられてきた研究成果がすべてご破算となり、著者自らが途方に暮れてしまうところで唐突に記述が終わってしまう。

仮説を次々に立ててそれを実験によって証明し、また新たな仮説→実験→証明へと破竹の前進を遂げてきた「チョウ道」学であったが、いくつかの実験結果が矛盾していたために「なにがなんだかわからなくなってしまった」と著者は正直にいうのである。

そして「成功ばかりではなく失敗のプロセスをすべて公開するのも科学の道である」と述べているが、そのことが書物として、生きた科学の記述として、あるいは人生の蹉跌の象徴としても、まことにいさぎよく感動的な本である。

♪一晩中寝ながら短歌を詠んでおったが朝になるとすべて忘れておった 亡羊

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