Tuesday, April 15, 2008

ガルシア・マルケス著「予告された殺人の記録」を読む

照る日曇る日第113回

「愛の狩人は鷹に似て高きより獲物を狙う」というジル・ヴィセンテのエピグラムを巻頭に掲げたマルケスは、天空はるかなる視点から、おのれを神に擬し、1951年1月22日に彼と彼の家族が実際に身近に体験したこの殺人事件をメタ・ドキュメンタリーな神話として語りなおそうとした。

 言ってみれば、新婚の床から追放された妹の汚名を雪ごうと、その双子の兄弟が、彼女を処女ではなくした張本人であると称される男を肉きり包丁で刺し殺すギリシア悲劇さながらの敵討ち噺なのだが、その新聞種に類した悲劇を、ただ無数の事実の羅列によって叙述しようとする。

それならば単なるドキュメンタリー小説で終わったであろうこの小説は、数多くの登場人物の多様な視点、現在から既往、既往からまた現在、そして未来へとせわしなく移動する多彩な時間軸の運動を映画のクロースアップとパンのように交互に繰り返すことによって、とある殺人事件の複合的・重層的な局面に隠されているいくつもの真実をつぎつぎに暴き出す。

すると最初は起こるべくして起こったはずの事件、そのあらかじめ決定されていたはずの事件の確定的要因が次第に溶解して、陰影定かならざる曖昧模糊とした諸要素に還元されていく。

事実と歴史が彩度と輪郭を失い、真実は虚構へ、現実は夢想へ、そして最後には人間界のすべての事象が、偶然と運命の所業へと召還されてゆくのであった。


♪君、そういうことじゃなくて毎日新しい歌を歌うことだよ、下手くそでもね。亡羊

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