降っても照っても第36回&勝手に建築観光22回
1862年フランスのローレーヌ地方で生まれ、1894年のドレフェス事件ではゾラに反対し、1905年にはカトリック教徒と共に政教分離に反対し、20世紀初頭の青年層にアナトールフランスと人気を分かち合い、フランソワ・モーリヤックからポールニザンにまで大きな影響を与え、代表作「自我礼拝」で知られるナショナリスト作家モーリス・バレスの「聖なる丘」(1913年)が翻訳された。
バレスによればフランスには我々凡俗の民の魂を無気力から引き出す精霊の息吹く地がいくつかあるそうだ。
それらは、あの奇跡の地ルールド、サント・マリーの浜辺、ダンテやセザンヌが描いたサント・ヴィクトワールの山、ブルゴーニュのヴェズレイ、ピュイ・ド・ダーム、エージーの洞窟、カルナックの荒地、ブロセリアンドの森、アリーズ・サント・レーヌとモン・オーソワの岬、あの有名な教会があるモン・サン・ミッシェル、アルデンヌの黒い森、ドンレミーの丘にあるシュニューの森、三つの泉、ベルモンの礼拝堂、そして教会の傍のジャンヌ・ダルクの家などだが、この小説の舞台であるローレーヌ地方のシオン・ヴォデモンの丘も霊感がみなぎる精霊の地であるらしい。
そして本書では、ノートルダム修道会に所属する熱烈な孤高のカトリック三兄弟の不退転の宗教的闘争が描かれているのだが、それは読者が読まれてからのお楽しみとしておこう。ただ惜しむらく篠沢秀夫氏の逐語訳翻訳は、現代日本語としてまったく消化されていない。
この本でモーリス・バレスは言う。「どこからこれらの地の力は来るのか? その効力はこれらの地の栄光に先立ってあったし、その栄光が消えても生き残るであろう。ある森のほとり、ある山頂、ある泉、ある牧場…、あたかも誰もまだその偉大さに気づいていない隠された魂があるように、このような精霊の地は世界中に無限にある。それらは我らに思考を停止させて心の最深部に耳を傾けるように命じる」と。
そしてこれこそは古くからガリアの地、ケルトに伝わる地霊“ゲニウス・ロキ”の働きではないだろうか?
『東京の地霊』の著者鈴木博之氏によれば、ゲニウスはラテン語で「産む人」、ロキはロコ、ロクスが元の言葉で、場所・土地の意であり、ひいてはその土地の守護霊を指すラテン語であるという。従って“ゲニウス・ロキ”とは「人を守護する精霊もしくは精気、人や事物に付随する守護の霊」ということになり、ある土地から引出される霊感やその土地に結びついた連想性・可能性を意味する。
この“ゲニウス・ロキ”という考え方が初めて文学に登場したのは、英国の詩人アレグザンダー・ポープの1731年の詩作品で、地霊は「土地を読み解くすべての鍵」とされ、それ以後英国18世紀の美意識に大きな影響を与えたそうだが、それが大陸に上陸してケルト=ガリア=フランス=ローレーヌ地方の愛国的カトリシズムと20世紀の初頭に合体したものがモーリス・バレスのこの作品ではないだろうか?
そして私は建築に携わる行政やメガデベロッパーは、今こそポープ=モーリス・バレス=鈴木博之流の“ゲニウス・ロキ”という考え方を取り入れ、当節流行のいんちきスピリチュアル流とは一線を画した“聖なる土地の霊の声”に謙虚に耳を傾けるべきではないかと思う。
都市の歴史は都市計画や建築ヴィジョンの歴史ではない。その土地の固有の歴史である。土地をひとつのテキストとして、その土地の歴史的・文化的・社会的な背景と性格を読み解くことこそが21世紀建築の使命ではないだろうか?
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