Wednesday, January 10, 2007

さようならお化け屋敷

鎌倉ちょっと不思議な物語32回


市役所に行ってバリウムを飲んで胃検診を受ける。

以前はレントゲンを一枚撮ってからまずいバリウムをコップ一杯飲んだような記憶があるが、今日は最初から有無をいわさず呑まされた。

お棺のような半月形の筒に収納されて、ぐるぐる回転する。「右から回って」と命じられるのだが、頭の悪い私にはどっちが右回りかいつも分からないので、とりあえず回転すると、「そうじゃない。その反対です」などと技師から怒られる。

これでは知恵遅れの人は対応できないだろうに、といちおう健常者のつもりの私が大汗をかいていると、突然「息を止めて」と命じられる。どこで呼吸してどこで息を吐くのか、そのタイミングが難しい。

またしても猫じゃ猫じゃ、とぐるぐる回りさせられていると、途中で逆さまになって頭から落下しそうになるのを懸命にこらえる。

これは危険だ。まるでサーカスだ。ゆあーん、ゆあーん、ゆあ、ゆよーん、状態だ。

これまで70-80歳代のお年寄りが何人も死んでいるのだろう。くわばら、くわばら。

やっと墜落の危険から解放され、自転車で駅の手前の踏み切りにさしかかったら、お化け屋敷の上空にいつも乱れ飛ぶ鳩は今日は一羽もいなくて、代わりに解体業者のトラックがいままさに門の中に突入しているところだった。

ああ、鎌倉名物の幽霊屋敷もこれで一巻の終わりか。なんでも有名な医院だったらしいが、恐らく昭和初期に建てられたのであろう、塔の壁をはじめあちこちに施された粋な装飾が好ましい。ちょっと築地の聖路加病院のデザインに似た要素も感じられる。

私は安藤忠雄や磯崎新が設計した新しい建築にも大いに興味があるが、やはり心惹かれるのは自然に抱かれるようにしてつつましく建っている古くて懐かしい低層木造住宅である。

機能性、実用性、安全性は別にして、私は兼好法師や鴨長明が住んだ庵に住みたいが、積水ハウスやライオンズマンションや大和ハウスが土建したもの、カーサブルータスが特選したかっこいいデザイン住宅などにはできたら住みたくないのです。

もっとはっきりいうと、私は夏目漱石が設計した桃源郷の一軒屋に住みたい。彼は自分が理想とするついの住処を南画や山水画で描いているが、それは禅僧が好んで修業する断崖絶壁の破れ家である。

漱石は本当は英文学者ではなく、建築家になりたかった。(その代わりに私たちはあの素晴らしい「文学論」を得たのだが)

もしも彼が「偉大なる暗闇」の忠告などに惑わされず、その希望を断固として貫いていたら、恐らくコンドル→辰野金吾→丹下健三を主流とする日本近現代建築の歴史は大きく書き換えられることになっただろう。

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