照る日曇る日 第420回
本邦音楽界の巨星、吉田翁の遺著の最終巻が刊行された。
ここではベートーヴェンとラベルがほんの少し取り上げられているほかは、すべてシューベルトの歌曲についての鑑賞と思い出が縷々語られており、一曲一曲に手書きされた楽譜と、みずから訳したゲーテやハイネの詩が手織りの刺繍のように編みあげられている。
ハイネの詞につけた「白鳥の歌」の6曲が翁によって小声で歌われたあとに、あの懐かしい「菩提樹」が俎上に乗せられ、この不朽の名曲がトーマス・マンの「魔の山」の主人公によって、戦場の吶喊の中で歌われたエピソードを語りながら、翁は美しい夕映えの中を永遠の故郷に向かって静かに歩み去るのであった。
われは聴く死にゆく白鳥の最期の一節 茫洋
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